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音楽ストーリー 『ルベウスの浮石』 朗読版 本文公開

どうも、竜崎だいちです。ずっとストップしていましたnoteを、何年振りかに更新します。存在を忘れてたわけじゃないんだよ。

先日2/9に『千扇祭』で上演しました音楽ストーリー『ルべウスの浮石』朗読版の、記念すべき初演を見届けて下さった皆様、ご来場誠にありがとうございました!
会場が狭くて早期チケット完売だったこともあり、もし気になっていたのに観れなかったというお客様がいらしたら、大変申し訳ありません。
実は本作はまだまだ進化していく予定のものでして、なので、公演はまた必ず行います。作品の進化のたどり着く先は劇場公演の可能性もありますし、読み物としてお届けする可能性もある、そんな作品なのですが、今日は2/9に朗読いたしました本文を、こちらで全文公開いたします。
(原案者である染行エリカさんにも許可を頂きました。懐が深い…!)
この本文を読んで、少しでも初演当日の雰囲気を感じていただけたらと思っています。

ちなみに、今回の初演で物語は完結しておりません。続きがもうちょっとですが、あります。そして朗読にあたり、わたしが執筆した本文もかなりカットしました。ですので、色んな設定や伏線が、実はまだまだ隠れています。

そんなことも踏まえて、楽しんでいただけたらと思っています。
それでは、本文をどうぞ。



〈上演記録〉

オリジナル音楽ストーリー
『ルベウスの浮石』 朗読版
原案 染行エリカ  作 竜崎だいち

朗読 甲斐祐子
 ナーラ役 清水かおり
 フィオス役 徳田祐介・村山裕希(回代わり)
演奏 染行エリカ / 安東ユリナ





ーーー 繰り返される歴史
    抗えない崩壊は
    この星に流れる
    「血の記憶」なのかもしれない ーーー



【1】序章


快晴の空の下。黒い軍艦が一隻、ゆっくりと進んでいる。
操舵室で舵を握るのは、軍服に身を包んだ二人の青年。

赤髪の彼・オルカと、その友人・フィオスは、ある指令を遂行する為に、彼らの住むアトランティス国から東に位置する、新たな大陸へ向かっていた。


【2】リアの大地で


そこは、剥き出しの大自然で溢れていた。

舗装など一切されていないごつごつとした岩場に、かろうじて船を預ける。

オルカとフィオスは部下数名と共に、新たな大陸に降り立った。

今回の調査の目的は、とある種族の回収だ。

種族の名は「リア族」という。アトランティスの民よりも遥かに永い寿命を持ち、体内に宿した特殊なエネルギーによって、怪我や病気を治療するという。

アトランティス国は、大都市・ポセイディアを中心として、都市全体を管理するクリスタルによって加護された豊かな国だ。しかし最近、星の外からやってきた「侵略者」による攻撃が、大きな問題となっていた。

アトランティス国にはもともと、高い防御力や優れた医療技術が備わっている。しかし、それらは侵略者に敵うものではなかった。そこで、リア族の持つ「傷を癒す」力を手に入れるべく、個体サンプルを回収する指令がふたりに下ったのである。

オルカは一人仲間と離れ、森を歩いていた。目の前に広がる大自然に心を躍らせる。

ふと、オルカの耳に微かに歌声が聞こえた。それは、オルカが今までに聞いたどんな歌声よりも、美しく優しい音色だった。

その歌声に耳を澄ます。

その刹那、オルカの後方から何者かが襲いかかってきた。奇襲だ。敵は鋭い歯で、油断したオルカの腹部に噛みついた。腹部への衝撃と焼けるような痛みに意識を手放しそうになるも、素早く光線銃を放ち、噛み付く顎を吹き飛ばした。侵略者はオルカの応戦に怯み、脱兎の如く逃げ出した。

オルカは侵略者の逃げ去った方を見つめながら、よろよろと膝をつく。痛みで呼吸が乱れる。腹部からは大量の血が流れ出していた。


【3】ナーラとオルカ


静かに流れる透明な川へ、ナーラはひとつ石を落とし、考えていた。

「どうすれば、種族の違う者同士でも心を通わせることが出来るだろう」

水面を見つめる緑の瞳は憂いを帯びている。心地の良い風が枝葉を揺らし、風はナーラのサファイア色の髪と、褐色の肌を撫でる。

ナーラは、この大陸に古くから住む、リア族の一員だった。

リア族はこれまで、この緑の大陸でとても静かに暮らしてきた。しかし最近、リア族を力で制圧するべく、この土地に踏み入る者がいる。皆は彼らの事を「鈍色の侵略者」と呼んだ。

彼らはとても粗暴で、破壊や暴力、支配を好み、和解することに少しの関心も示さない。これまで、平和に暮らしてきたリア族にとって、彼らの価値観は理解し難いものだった。

彼らと調和を試みることは、限りなく不可能に近いように感じた。今は、大陸に豊富に自生する食料資源を奪うことが主な目的のようだが、場合によっては、リア族が滅ぼされる可能性だってある。それでも、自分たちに争いという選択肢はない。

どうにか彼らと分かり合い、共生する道が開けないだろうか。

それとも、さっき落とした石のように、運命という大きな流れの中に身を委ね、ただ沈むのを待つしかないのだろうか。

ふと、ナーラは気配を感じた。怪我をした何者かが、こちらへ向かってくる。

ナーラは警戒心を強めた。気配は、同じリア族のものではない。

しかし、今にも消え入りそうなほど弱々しいその気配に、いてもたってもいられず、気がつくと気配の方に駆け出していた。

「いた」

切り株となった古い大樹に寄りかかるように、それは座り込んでいた。駆け寄ってみたが、どうやら意識を失っているらしい。

リア族とよく似た人型だが、その外見は全く違った。人形のような白い肌と、ルビーのように輝く赤い髪。整った顔立ちに揺れる長いまつ毛。ナーラの目には、それは美しい人形のように見えた。

「ひどい怪我だ」

腹部の傷口から血が流れるのを見つけ、慌てて一度水辺に戻る。持っていた水筒にいっぱいの水を汲み、急いでそれの元へ戻り川の水で傷口を洗う。

ナーラはそっと傷口に両手を添え、目を閉じる。すると、添えられた手元から淡い光がこぼれ、傷口はみるまに癒えていった。

痛みが和らいだのか、それの表情から険しさが少し消えた気がした。体から余分な力が抜けたのか、ずるりと、隣に座っていたナーラの方に倒れ込んでくる。ナーラはそれを避けることなく抱きとめた。血の気の失せた顔色をしているが、身体はきちんと暖かかった。それがナーラを安心させた。

傷自体は力で癒したが、出血による身体へのダメージと体力が戻るまでは、おそらく数日を要するだろう。ここから集落まではそう遠くない、なんとか連れて帰り、少しの間休ませてやろう。ナーラはそう思いながら、寄りかかる暖かな体温と、力を使ったことへの疲労とが重なり、そのまま浅い眠りに落ちてしまうのだった。


【4】捕縛


「オルカ、いつまで寝ているんだ、早く起きろ。
やっと起きたか。お前が寝ている十日間で、ずいぶん色々あったぞ。
お前が戻らないから森に探しに入ったら、まさか目的の個体と仲良く寄り添って眠っていたんだからな。おかげでこっちは楽に個体を捕えることが出来た。眠っている間に、お前の体も何度か調べられていたよ。腹の傷は多分、あのリア族ってのが治療したんだろうってさ。
あんな少人数の部隊で個体回収なんて、上層部は何考えてんだと思っていたが。あの個体の様子を見たら、なるほど合点がいったよ。念の為銃を突きつけてみたけど、全く抵抗しなかった。
今は軍施設の地下牢に投獄されているよ。気になるなら行ってみるといい。個体回収の成果を上げたお前なら、きっとすぐ面会出来るはずだ」


【5】檻の中で



「おまえ、良くなったんだな。あれ? ……あ、そうか。おまえ、ずっと眠っていたからな。はじめまして。そうだよ、おまえの腹の傷を治したのはナーラだ。ああ、ナーラってのは、わたしの名前だよ。おまえの名前は? オルカ。いい名前だね、海の生き物から貰ったんだね。……元気になってよかったな、オルカ」

その日はそれだけ話し、オルカはその場を後にした。その日からオルカは暇さえあれば、ナーラのいる地下牢に通うようになった。

フィオスに捕えられたあの時、ナーラは新たな種族との出会いに希望を見出したという。

リア族に立ち塞がる侵略者の難題を、解決する糸口が見つかりはしないだろうか。千載一遇のチャンスなのではないか。一度この者たちに捕らえられ、未知なる国へ訪れることが出来れば、或いは、何か良い方法が見つかるかもしれないと、そう思ったそうだ。

「わたしは、自分の仲間を守りたいんだ」

力になれそうなことがあれば何でもしてやろうと、オルカは思った。


【6】気付き


「オルカ、まだどこか痛いのか?」

何日も地下牢に通っていると、ナーラが目に見えて疲労している日があることに気がついた。どうやら、研究と称して傷ついた兵士を何人も癒したり、癒しの力を無対象に解放して見せたりしているようだった。またある時は、おおよそ人道的ではない実験に協力させられているような事も匂わせた。ただしこれに関して、ナーラは乾いた笑みを浮かべるばかりで、その内容を一度も口にはしなかった。

オルカはそんなナーラを見ると決まって、ある違和感を感じるようになった。

調査のために話したかった言葉が途絶え、代わりに自分の身体のどこかが痛むような気がするのだった。いや、痛むと表現したが実際、身体のどこが痛いのか判然としない。判然としないが実際、身体に説明し難い不調を感じるのは確かだった。

「ありがとう。その痛みは多分、わたしの力で癒せるものじゃないよ。……少し安心した。不安だったんだ、アトランティスの民もあの侵略者とおんなじ様に、こういう感情を持たないのかなって思っていたから。だから……、オルカは「心配」してくれたんだろう、わたしのことを」

そう言って、ナーラはシワだらけの笑顔を見せた。

ナーラをこの監獄から出してやりたい。オルカはその日、地下牢の看守役に異動したいと上層部に申し出た。

申請は直ぐに通り、数日後には、オルカはナーラの地下牢の看守に任命された。今まで調査隊の前線で行動を共にしていたフィオスは、オルカの異動に大層驚いていた。軍の仕事の中でも看守役といえば、なりたい者がいない末職ではないかと。

オルカは、看守であっても許可なく檻を開ける事は出来ない事を知っていた。だけど少しでも何か手助けが出来ればと、そして出来る限り、ナーラの近くにいられるようにと、看守役を買って出たのだった。

オルカの異動は確かにナーラの笑顔が増える要素となったし、何より、地下牢の粗末な寝具を柔らかい布団に取り替えてやるなど、生活の水準を上げてやれることにも繋がった。

ある時オルカは、ナーラを街へ連れ出す許可をクリスタルに申請した。予想外にすんなり受理され、研究の合間に短い時間ではあったが、街へ出ることを許可された。

ナーラはアトランティスの文化や街並みに、見える聞こえる新しいすべてに心を躍らせた。

その結果、より良質なエネルギーが生産されることがその後のデータで実証された。クリスタルが申請を簡単に許した理由は、この利益を見越した事だったのだろう。結果的には研究の為になってしまったが、それでも、二人は街の散策を大いに楽しんだ。

二人の間には、確かな友情が築かれていった。


【7】文明の崩壊


オルカはこの役職に就いて、初めて知ったことがある。アトランティス国が以前から別種族を捕え、非人道的な研究をしていた、ということだ。

ナーラのいる地下牢への道は大変入り組んでおり、枝分かれした道のそれぞれに、牢がいくつも存在した。もちろん、罪を犯した自国民も多く投獄されていたが、中にはオルカも知らない種族たちが、密かに捕えられ、研究されていた。

実際に何人もの見知らぬ種族たちが研究所に運ばれるのを目撃した。運ばれた者たちの中には、二度と牢へ戻って来ないものも少なくなかった。この国の貪欲な研究者が検体を故郷へ帰すとは考えられない。恐らくは、実験の最中で何らかの事故が起こり、あるいは死亡し、処理されたのだろう。それを知った時、オルカは自分の目が覚めるまで、ナーラが生き延びていたことが奇跡だったのだと気づき、背筋が凍った。

研究はナーラの力の「搾取」に切り替わった。その頃から、ナーラからあのシワだらけの笑顔が消えた。

研究のストレスか、故郷の水から長く離れたことが原因か、肩まであったサファイア色の綺麗な髪は痛み、ボロボロになってしまった。オルカは傷んだ髪を丁寧に梳かし、切り揃えてやった。ナーラは短くなった髪に触れ、悲しそうに俯いた。

「故郷の森に帰りたい」

オルカは黙って立ち尽くしているしかなかった。

多くの犠牲の上に、国は確かに発展し、国力は目に見えて増強された。

この頃には侵略者からの攻撃にも完全に耐え得るばかりか、侵略を阻止し、敵の軍艦隊を壊滅させるだけの強大な力を獲得していた。

国民の誰もが富と平和と幸せを感じられる、そんな時代がアトランティス国に到来しようとしていた。

予言のようなものだったのかもしれない。

侵略者の母体、空中に浮かぶ巨大なマザーシップが姿を消した。国民は歓喜の声を上げた。ついに侵略者との戦争に勝利したのだと、国を挙げての祝祭が行われた。

しかし、侵略者の原因不明の撤退の直後、それは起こった。

搾取を続けていたエネルギーのいくつかが、ひとりの研究者の誤った操作で混ざり合い、未知の反応を示した。エネルギーは制御出来ないほど瞬時に大きく膨れ上がり、大きな爆発事故を起こした。

鼓膜が割れんばかりの長い長い地響きが国中に轟き、そしてゆっくりと、アトランティスは大陸ごと傾き始めた。

国民達は皆、瞬時に悟った。研究施設はこの国の地盤の中枢にあった。アトランティス国は四方に海を持つ、いわゆる「人口的な浮島」であった。

その大爆発は、研究施設と共にアトランティス国の要であった中枢部分を、大きく破壊していたのだ。

低い地鳴りは鳴り止まず、海は荒れ白い波を立てて揺らめき、ゆっくりと大陸を飲み込んでいく。

まるで滅びることが初めてではないかのように、彼らは静かに「沈む準備」を始めた。助かるために国から逃げ出すのでなく、この文明が後に必ず誰かに発見されるように、淡々と、文明を遺すことに最後の時間を費やしていった。

その行動は、個としての判断ではなく、種としての防衛本能のようでもあった。

滅びの時は刻々と近づき、街の中にも少しずつ、少しずつ、水が流れ込み始めていた。


【8】海の底へ


オルカはナーラの元へ急いだ。

地下牢も事故の影響で壁が崩れ通れない場所がいくつもあった。オルカは自分の心臓がやけに激しく脈打っていることに気が付く。もしナーラの元へ向かう道が塞がっていたら。もし、あの瞬間に研究施設に行っていたとしたら。心臓を鷲掴みにされたような激痛を感じる。足がもつれ、その場に転びそうになる。そんなはずはない。きっとナーラはまだあの地下牢にいるはずだ。

だけど。

オルカはその後に続く言葉をどうしても考えられなかった。なぜならそれは、オルカにとっても、ナーラにとっても絶望的な事であるからだ。

「オルカ! さっきの轟音は何だ? 上で何が起こったんだ?」

オルカはナーラの姿に心から安堵し、そして目の前の光景に絶望した。

二人を別つ憎き地下牢の檻は、やはり固く閉ざされたままだった。

きっと顔色が真っ青だったのだろう、オルカを心配してナーラが声をかける。そんなナーラに何も言えずにいると、二人の背後から声が聞こえた。

「やはりここにいたか」

フィオスが地下牢最深部の入り口に立っていた。

「オルカ、一緒に来い。東の海岸にまだ動く船が一艘見つかった。俺たちと一緒にここを離れ、新たな土地で一から国を再建するんだ。この国も、そのリア族も、じきに海に沈む」

「……海に沈む?」

「オルカ、お前はこんなところで死ぬべきじゃない。俺と一緒に来るんだ」

フィオスはオルカの腕を掴み、無理やりに引きずろうとする。オルカはその手を力任せにふりほどいた。

「クリスタルなき今、その檻はもう決して開かない。そのリア族は助からない」

ナーラに聞かれたくないことを全て語られ、オルカは怒りに任せてフィオスに掴み掛かろうとした。そんなオルカの背中に、ナーラの柔らかな掌が静かに添えられた。

「わたしのことはいいから。心配する事ないんだよ。リア族はね、昔から水と仲がいいんだ。海の中でも、陸(おか)と変わらずに生きることが出来る。だからわたしは大丈夫。オルカは逃げて。生き延びるんだ」

だけど、だったら。ナーラはこの檻が壊れるまで、ずっと海の中にいることになるのではないか。

「大丈夫、ナーラの寿命はとても永い。いつかはこの檻だって壊れるよ」

「急ぐぞ、オルカ」

「オルカ、行って」

ナーラは両手でオルカの背中をぐいと押し、入り口の方へ突き飛ばした。フィオスはオルカの手を引き、走りだす。街を駆け抜け、やがて目当ての船に辿り着いた。奇しくもそれは、ナーラを捕えるために使ったあの黒い軍艦だった。

フィオスは他の船員と慌ただしく出航準備を整えていく。オルカは放心した心と身体で立ち尽くしていた。背中には、強い力で突き飛ばされたナーラの手の感触が残っている。ふと、最後に振り返った時の、ナーラの顔が頭をよぎった。微笑みと、絶望が入り混じったあの顔。オルカはあの表情を知っていた。

そうだ。あれはナーラがいつも自分に何かを隠している時の顔じゃないか。つらい時、苦しい時、それでも自分を心配させまいと無理して笑っていた、あの時の顔じゃないか。

違う。

自分がずっと、もう一度見たいと思っていたナーラの笑顔は、あれではないはずだ。

オルカは決断した。心が決断したと同時に身体も動き出していた。全速力で駆け出し、船を降りる。フィオスの慌てた呼び声を振り切って、街を、来た道を駆け戻っていく。

フィオスは追っては来なかった。ああ、それでこそアトランティスの民だ、オルカは安堵した。

文明の発展や効率を大切にするアトランティスの血。その血に抗うほどの「欲」が自分の中に芽生えたことを知った。

自分は最後までナーラのそばにいたい、と。

オルカは地下牢の最深部へと、ナーラの元へと駆けていく。最深部はもうほとんど水で満たされており、水面に上半身が出る程度の空間しか残っていなかった。


【9】約束


水面に顔を出していたナーラのもとに、オルカは無我夢中で泳ぎ、近づく。ナーラはオルカに必死で手を伸ばす。伸ばされた手にオルカの手が届く。オルカはナーラの手をしっかりと強く握りしめた。

「どうして……! わたしは……オルカに生きて欲しいんだよ」

オルカは自分が種族の業を超えて決断した事を、最後までナーラのそばにいることを、自ら選んだのだと告げた。

ナーラは、オルカのその言葉に目を見開く。オルカもナーラをじっと見つめ返した。ナーラの目に熱いものが込み上げる。ぐっと目を瞑り、わずかに辛そうな顔をしたが、ゆっくりと目を開いたナーラの顔には、久しぶりにあのシワだらけの笑顔が戻っていた。水は、二人の唇の下まで迫っていた。

「オルカ、出来るかどうかは分からないけれど、わたしは力の限り君の身体を癒して、水の中でも永く生きられるようにしてみせる。だからこの手を決して離してはいけないよ。いいね」

オルカは力強く頷いた。

水が満ちる。

オルカは最後の息を大きく吸い込んだ。ナーラはその姿を目に焼き付けるように、じっと見つめた。やがて水は二人を、地下牢の全てを飲み込み、大陸もろとも海の底へと沈めていった。

続く


今作品で演奏された楽曲です。よろしければ一緒にお楽しみください。



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