指先も心も保湿をしないと。乾燥しきって傷つきやすくなっているから。
腕に傷を入れると、心に安心感を覚える。
抑うつ感が頂点に達する平日の朝。
急に取り乱してカッターを握りしめ、
滴る鮮血の生温かさを感じ、
何かに守られているような感覚を得る。
* * *
僕にとって、自分で腕に傷を入れる行為は、心を外からの傷から守るための行為なのだと思う。
先に傷をつけてしまえば、もうこれ以上傷がつかないで済む。
そんな、願掛けのような行為だ。
だけど、世の中は、いつでも容赦なく、心に傷をつけてくる。
* * *
そういえば、冬ももうじき終わるというのに、指先のあかぎれは増える一方だ。
知らぬ間に指先がパックリ割れてしまっていて、
慌てて保湿クリームを塗りたくるが、
今度は別のところが切れていて、鬱陶しくジンジン痛み続ける。
乾燥した空気のせいで、肌全体が硬くなっているせいだろう。
だから、指を動かせば動かすほど、
傷が入っていく。
* * *
冬が終われば、乾燥しきった空気に湿度と暖かさが戻り、
指をおもいっきり動かしても、傷が入ることはなくなるだろう。
心にも春が来て欲しいのに、
季節の移ろいとは関係なく、ここ数年ずっと冬のままだ。
心はすでに、乾燥した空気と同化したように硬く、しなやかさを失っていた。
そんな状態じゃ、本来ならば心動かされるであろう素敵な出来事が起きていたとしても、気づくことができないだろう。
生きる楽しみは、そこにあるというのに。
* * *
春が来てくれないなら、こちらから向かって行こう。
心をしなやかに動かせる、
温かくてやわらかな空気のある場所はどこだろうか。
たとえば温泉。たとえば海。
たとえば大好きな喫茶店。たとえば好きな音楽とお香に包まれた自分の部屋。
たとえば、最近会っていなかった誰かのところ。
* * *
いろんな空気、いろんな知識、いろんな考え方に触れて、吸収して、
いろんな心の在り方を模索したい。
これからも、傷は勝手に増えていくのだろう。
いつか僕が、腕に赤い線を残す必要がなくなるように、
心がしなやかに、伸びやかに動くように、
手入れを忘れないようにしよう。