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商店街放浪記-九州編#20 長崎市の商店街巡りPart.2

-商店街放浪記とは-

2022年4月から、全国各地の商店街を巡るべく旅をしながらさまざまな地域を訪れました。旅中はその都度SNSで発信していたのですが、Noteでも記録として残していきたいと思い、当時を振り返りながら放浪記を記していこうと考えました。

「商店街を巡るために旅をする」
そんな少し不思議な旅の一幕をお楽しみください。

旅する商店街マニアの商店街放浪記

前回のエピソードはこちら


長崎市中心部のアーケード街
-ベルナード観光通り-

中通り商店街の次に訪れたのは、「ベルナード観光通り」です!

観光通り商店街がベルナード観光通りとして生まれ変わって今年で20年。ベルナードとはフランス言で美しいという意味を持つ「BELLE(ベル)」と散歩道「PROMENADE(プロムナード)」を合わせた造語です。以来、ベルナード観光通りは長崎の中心商店街として様々なイベントやサービスを提供して参りました。そしてこれからもショッピングやお食事が楽しめるベルナード(美しい散歩道)として愛され続けたいと考えています。

ベルナード観光通りWebサイトより引用


長崎一の繁華街
-浜んまち商店街-

ベルナード観光通りと隣接して位置している浜町アーケードは「浜んまち商店街」の愛称で親しまれています。

長崎市浜町に位置する「浜町アーケード」は、長崎一と言われる繁華街で、「浜んまち商店街」の愛称で親しまれています。大丸百貨店、浜屋百貨店をはじめ家電量販店など、約700軒が集まる長崎最大のショッピングゾーン・商店街です。浜町アーケードを歩くことを「浜ぶら」と呼ばれており、地元の人からも愛されています。

九州旅ネットより引用

浜屋屋上プレイランド

浜んまち商店街の中にある百貨店「長崎浜屋」には、昔ながらの屋上遊園地がありました。昭和の雰囲気を感じさせる場所でした。
※2024年5月6日(月・祝)に営業終了しています

日本三大中華街
-長崎新地中華街-

長崎といえばやはり”長崎中華街”。日本三大中華街の一つである長崎新地中華街は、長崎市内にあります。

元禄時代、日本の鎖国政策のなかで唯一海外交流の窓口だった長崎。
中国との貿易が盛んに行われた江戸時代、オランダ人の住む出島と同様に、中国人についても居留地が設けられました
居留地は唐人屋敷(唐館)と呼ばれ、総面積約9,360坪、役人詰め所や大門、二の門、住宅、市場、関帝廟、土神堂、観音堂などがあり、高い練塀をめぐらせ、出入りは出島と同様厳しい制約がありましたが、中国人たちの出入りは比較的自由でした。
当時市内に在住していた中国人は1万人ともいわれ、同じ時期の長崎市の人口が6万人でしたから、たいへんな数の中国人でした。
また、貿易でもたらされた中国船からの積荷は、五島町や大黒町の海岸の荷蔵に納めていましたが、1698年の大火で荷蔵が喪失します。
そこで、二度とこのようなことが起きないようにと、唐人屋敷前面の海面3,500坪を埋め立てて隔離された荷物倉所を造りました。
この場所は新しくできた場所、という意味で、「新地」や「新地蔵所」と呼ばれました。
明治維新後、唐人屋敷とともに新地蔵所も廃止となりました。
長崎華僑たちは港に近い新地蔵所跡地に移り住み、長崎独特の中国人街を作っていったのです。

長崎新地中華街Webサイトより引用


次回は長崎市の商店街巡りPart.3です!

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