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「りんごジュースが目に沁みる」  #にじいろメガネ 連載(2024年3月号)

このポストは「アイユ」(公益財団法人 人権教育啓発推進センターの月刊誌)の連載からの転載です。諸事情により先方HPでの公開がなくなってしまったため、発行後にここで無料公開いたします。
試験的に投げ銭機能も設置していますが、全編が無料で公開されています。


先月に続き、心理的安全性について考えさせられたエピソードをご紹介します。

渋谷区では2016(平成28)年11月から、「LGBTQコミュニティスペース #渋谷にかける虹 」という名称で、性的マイノリティ向けのしゃべり場事業を展開しています。「ろうとLGBTQ」「老いとLGBTQ」「子育てしているLGBTQ」「LGBTQの先生集まれ!」など多様なテーマを設定し、ゲストスピーカーのお話しを聞きながら楽しくおしゃべりをして、のべ50回、1200人以上の方が参加しています。

しゃべり場の運営で最も重要なことは、参加者全員の心理的安全性が担保されることです。そのためには、皆が同じ分量だけ喋れるように配慮し合う、一人の意見で全体を牽引しないため、全体に向けて意思表明をする機会を設定しない、など色々なテーブルルールを設定し、冒頭に読み合わせを行って全員の理解を揃えます。

ある時、参加されたトランスジェンダー女性が、「私にもっと喋らせろ」と、スタッフに強引に主張していました。

私からも改めてテーブルルールを説明して理解を求めていたところ、「バシャ!」彼女はコップに入ったりんごジュースを私に浴びせかけました。突然のことに頭の中が真っ白になった次に浮かんだ言葉は、「りんごジュースって目に沁みるんだ、クエン酸?」でした。ずぶ濡れの私は、なぜか怒りよりも「この人はなぜこんな行動に走るんだろう?」と淡々と考えを巡らせていました。
後日判明したのですが、その方は他の団体が主催するしゃべり場でも同様に、熱いお茶を運営スタッフに浴びせていたそうです。

社会から長らく拒絶、排除されてきた人が、ようやく自らの心理的安全性が担保された空間に身を置いた時、意思表明の方法が「怒り」しかなく、他者とのコミュニケーションを破壊してしまうケースは少なくなく、本当に残念なことです。他者と心理的安全性を築くことができなければ、再び孤立してしまいます。実際、彼女は遠方の県からの参加で、既に近隣県では居場所を軒並み失っていたようです。

しゃべり場は、双方向で心理的安全性が担保されて初めて成立するタイプの空間です。その一方で「安心して一人ぼっちでいられる空間」も必要だなぁ、とりんごジュースを飲むたびに思い出します。

<参考データ>
渋谷区LGBTQコミュニティスペース #渋谷にかける虹 インスタグラム https://www.instagram.com/shibuya_niji/

渋谷区

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