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全裸中年男性、核戦争を起こす
東京、新宿のあるバーはCIA工作員や外交官、そして殺し屋のたまり場になっていた。
そこにある全裸中年男性がさっそうと入ってきた。
ビジネスの啓発書を読むのが好きなその全裸中年男性はつねづね言っていた。
「人脈づくりのコツはとりあえず何回も通うこと。サイコロを振って入った店でよほどまずい料理がでてこなければ1ヶ月に3回行く。これで常連のふりができる」
そのバーではすっかり常連となっていた全裸中年男性だが、誰の素性も知らなかった。CIA工作員や外交官の隠語など知らなかったが、この店の隠語の体系ではずっと「全裸中年男性」は「絶対に触れるな」という意味があったので特に問題にならなかった。
最近になって「全裸中年男性」に「殺す」という意味が加わったが、それも知らずに全裸中年男性は入店した。
「やあ、マスター。15年ぶりの東京だよ。まだまだ暑いね。」
バーのマスターはチラリとスマホのニュースブログを見た。個人運営のそのブログには、トランプ前大統領暗殺未遂事件に対する論評が掲載されていた。
「お久しぶり。今日はずいぶんよく話しますね。」
「むかしから元気にベラベラ喋っていたじゃないか」
全裸中年男性がそう言うと、バーのマスターは笑った。
「梅酒を一杯いただけますか」
「ああ残念。梅酒はなくなったんですよ」
「じゃあラーメン。あのスペシャルメニューが好きなんだ」
マスターは鍋で湯をわかすと、袋に入ったインスタントラーメンを煮はじめた。それを見ていたCIA工作員たちは驚いた。
「おい、あいつなんであのスペシャルメニューを知っているんだ。」
「俺も知らなかった。バーでインスタントラーメンが出てくるとかありえねえだろ」
外交官たちがロシアの情勢についての意見交換をしているなか、全裸中年男性がトイレのために立ち上がった。殺し屋が言った。
「ばいばい」
全裸中年男性は殺し屋の隠語を知らなかったが、何かを察してトイレを済ませたら帰ろうと思った。
「ああ、ばいばい」
全裸中年男性は手を振った。
数日後、ウクライナの特殊部隊がプーチン大統領の殺害に成功し核戦争が始まった。