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“選択”→“人生”
(美しい・醜悪な)あなたをずっと(許せない・愛してる)私をどうか(嫌ってください・知らないでいて)
歌人「鳥さんの瞼」さんの初歌集『死のやわらかい』における「行き先はたいてい二つ」という題の章の最後を締める一首。
本章は「友達といえない程の愛情を見えないふりしてくれてありがとう」という歌から始まり、大きく分けて人生には二つの選択があることを読者に示していく。
どこか結婚式の招待状を思わせる()でくくられた二つの言葉。それらは選択肢として提示されている。どちらの言葉を選ぶのか、それによってこの一首には、一気に8通りの可能性が開かれる。
・(美しい)あなたをずっと(許せない)私をどうか(嫌ってください)
・(美しい)あなたをずっと(許せない)私をどうか(知らないでいて)
・(美しい)あなたをずっと(愛してる)私をどうか(嫌ってください)
・(美しい)あなたをずっと(愛してる)私をどうか(知らないでいて)
・(醜悪な)あなたをずっと(許せない)私をどうか(嫌ってください)
・(醜悪な)あなたをずっと(許せない)私をどうか(知らないでいて)
・(醜悪な)あなたをずっと(愛してる)私をどうか(嫌ってください)
・(醜悪な)あなたをずっと(愛してる)私をどうか(知らないでいて)
「あなた」の美醜、「あなた」への愛憎、「あなた」との距離ーー「たいてい二つ」に収斂するそれぞれの「行き先」が重なり合い、異なる人格がいくつも立ち上がってくる。そして、それらの選択はどれも不可逆性を帯びている。
あなたを美しいと思ってしまったら、醜悪とは思えない。
あなたを許せないと思ってしまったら、愛することは難しい。
あなたに嫌われてしまった時点で、知られていなかったあのころには戻れない。
人生におけるおびただしいほどの可能性と不可逆性。それは、「たいてい二つ」の道を選択し続けていくことにより発生し、めまいがするほど無限に発散する。そんな人生の本質をこれ以上ないほど端的に表した一首である。
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