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【回想】「試しに投げてみてよ!」

部屋の整理をしていると、ふと、野球のグローブが目に入って来たので、作業の手を止めて、色々なことを思い出していた。

草野球に勤しんでいた頃が懐かしい。学生時代、室内競技のバスケットボール部だった僕にとっては、室外競技の野球は、暑さの質が全く違った。炎天下の中、ずっと守備位置についていると、意識が朦朧とするような感覚があった。バスケットの違いはもう一つある。自分の方へ打球が飛んで来そうになければ棒立ちしている感じになる、ということだ。無論、レベルの高い外野選手であれば、1球ごとにタイミングを合わせ、1歩目を速く出す準備であったり、あるいは、バックアップやカバーリングに備えたポジショニングなど、やることを挙げればキリがないのであろうが、所詮、ド素人も混じっている草野球レベルなので、そういう諸々は一切行なっていなかった。端的に申すと「やることなくて逆にしんどい」という状態で、灼熱の太陽を浴びながら守っていたものだ。いやはや、本当に懐かしい。あの頃は若かった。身体も、心も・・・。

閑話休題。

アイドリングトークはこの辺にしておいて、本題に移ろう。

僕がこのグローブを購入したのは大学院生の時期である。それまでは、前述したようにバスケットマンだった。ただ、口癖のように「見るのは野球、やるのはバスケ」と言い続けて来た。高校生の頃、バスケ部の部室で話題に上がるアニメやマンガは、もっぱら『黒子のバスケ』であったにもかかわらず、僕一人だけ『おおきく振りかぶって』を推していた。今振り返ると、なぜ『おお振り推し』だったのか良く分からないのだが、なぜだか、無性に好きだったことを覚えている。ちなみに、バスケ限定ならば『SLAM DUNK』か、もしくは『あひるの空』を推している。余談だが、『あひるの空』のアニメ版のOPとして、The Pillows『Happy Go DUcky!』が決まった時は、密かに小躍りした記憶もある。ピロウズも好きなのだ。『黒子のバスケ』は良く分からない。ファンの皆様方、ごめんなさい。

そんな僕に対して、野球一筋で、将来は指導者の道を志しているらしい学友のKに「野球好きなんやろ?やらんのん?」と聞かれたのが、そもそものキッカケである。もっとも、最初の内は「『Watch』と『Play』は全くの別物なんだよねぇ」などと、相変わらず、煮え切らないコメントに終始していたのであるが、彼は、辛抱強く、僕を誘い続けてくれた。こうなっては、さすがに好意を無下にすることは出来ない。かくして、野球用具の知識が堪能な彼の付き添いのもと、野球グローブを買いに行く手筈となったわけである。

待ち合わせ場所からお店に着くまでの道中で、Kから、色々な話を聞かされた。活動区域周辺で野球用品を売っているお店の中でオススメ出来る場所、野球用具によって、メーカーの「強い・弱い(性能の良し悪し?)」は異なるので一つで揃えようとはしないこと・・・。いずれも、僕の知らないことばかりだった。ココに、経験者と非経験者の違いがある。僕は、野球が好きだと自信を持って言えるけれども、”経験者は語る”、ということが出来ない。これは厳然たる事実なのである。

そんな中、Kがチョイスしてくれたお店は、大型のスポーツ用品店だった。野球専門店ではないんだな、と思った。個人的に、こぢんまりとしたお店ほど「ツワモノ」の店主が居そうなイメージがあって、そういうお店に入ると背筋がピンとなる癖があるので、開放的且つ広い空間のお店を案内された時は、内心、ホッとしたものだ。Kは慣れた足取りで野球コーナーまで一直線に進んでいく。僕は後ろをトコトコと付いて歩く。そもそも、待ち合わせ場所から今に至るまで、ずっと、トコトコと付いて歩いていたのであるが。

野球コーナーに着くと、店員さんが、Kの顔を見て「お~、久し振り~」と声を掛けていた。どうやら顔馴染みらしい。店員さんもまた野球経験者のようで、二人で、野球の試合が行われているテレビに視線を送りつつ、雑談に興じていた。その頃は、確か、夏の甲子園の切符を賭けた試合が中継されていた覚えがある。甲子園ではなかった、と思う。青森山田高校が出てたような、気がする。アヤフヤなので、間違っていたら申し訳ない。ともかく、野球観戦ならお手の物なので、僕は一人で、じっくりと試合の行方を見守りつつ、Kと店員さんの会話に耳を傾けていた。

Kが、僕がグローブを買いに来たということを告げると、店員さんは僕の方を見ながら、「結構大きいね。何センチ?」と聞いて来た。僕は「180ぐらいです」と答えた。Kは付け加えるように「左っすよ(笑)」と言った。店員さんは声の調子を上げて「おっ、いいねぇ!」と、食い付き気味に答えて、満面の笑み(という名の営業スマイル)で「野球やってたら良いトコいけたんじゃないの?w」と、僕の方へ距離を詰めながら問い掛けて来た。僕は「はぁ・・・まぁ・・・」としか答えることが出来なかった。僕の心情としては、文字通り、何も言うことが出来ない、という状況だったのだが、店員さんからすると、謙遜しているようにうつったのか、「アハハ(笑)」と、やはり楽しそうに笑っていた。どこまでが本当の笑いで、どこからが営業スマイルなのか、もう僕には良く分からなくなっていた。それと、「左利き」というだけで、ココまであからさまにテンションが変わるスポーツだったのか、とも思った。リアクションは特に示さなかったものの、内心、かなり驚いたことを今でも記憶している。

そこから、色々なグローブを見せてもらって、一つずつ、詳細な解説をしていただいた。僕にとっては、何から何まで初めて聞くような話ばかりだったので、ただただ、頷くことしか出来なかった。ただ、これはあくまでも僕の感覚的な話になるのだが、”持ち前の営業トークで高いもんを売り付けてやろう”、みたいな魂胆は感じ取れなかった。Kが付き添いとして来てくれていたのもあるかもしれない。けれども、僕と店員さんが二人でやり取りを始めた頃には、Kは、自分が気になるものを見るために別の場所へと離れて行ったので、あまり関係ないのかもしれない。とにかく、悪い人ではなさそうだな、とは思った。「野球やってたら~」というヨイショの仕方が、あからさま過ぎる持ち上げ方だったのは、正直、受け入れがたくて、僕の中ではしこりが残ったままではあったけれども、悪い人ではなさそうだ、と思えてからは、フラットな視点で、彼の話に耳を傾けることが出来ていた、とは思う。

そんなこんなで、最終的には「田中将大モデル」のグローブを購入することに決めた。価格は4万円くらいした。相場は僕にもよくわからないが、たぶん、草野球を趣味としてたまに楽しむ人からすると、かなり高いのではないかと思われる。実際、4万円の価値に見合うほど愛用出来たとは到底思えない。また、インテリアと化してからは、グローブのケア(購入当時にKも交えてレクチャーしてもらった)も、随分と怠っている。これでは田中将大モデルも宝の持ち腐れというやつだ。「Plofessional Player」の刻印が悲しくうつる。

白状する。僕は「田中将大」というネームバリューに負けてしまったのだ。「高かろう良かろう」の精神というよりも「田中将大」に負けたのだ。これは僕の持論だが、野球未経験者の野球好きは、プロ野球選手へのリスペクトの念が、ハンパなく強い。・・・いや、言い方を変えるべきか。リスペクトのベクトルが、野球経験者と野球未経験者では大きく異なる。これなら間違いないはずだ。

何はともあれ、田中将大モデルのグローブを購入し終えて、内心ウキウキしていたところに、店員さんが、ある方向を指さしながら、僕に、驚くべきことを問い掛けてきた。

「試しに投げてみてよ!」

僕は、まさか、人前でピッチングを披露するとは思ってもみなかったので、二の句を継げずにいた。時間にすれば数秒、いや、1~2秒が良いところであろうが、僕からすると、とても長い沈黙が流れたと錯覚するぐらい、押し黙ってしまった。そんな様子を察してか、Kが代わりに「今何キロぐらい出るか試してみれば?」と答えてくれた。僕は正直、今の自分が何キロ出るかどうかは、それほど気になっていなかったし、そもそも、知らない人(店員さん)の前で投げる心の準備が全く出来ていなかったので、本音は「(おいおい・・・いやいや・・・)」ではあったのだけれども、沈黙を破ってくれたという安堵の念もあったので、つい「あっ、うん、はい、投げてみます」と答えていた。この流れで断る勇気は、僕には、無い。

一人用のミニブルペンのような場所に移動して、店員さんが手際よく準備を進めてから、僕に「じゃあ、入って!」と、元気よく声をかけてきた。僕は内心「(急展開過ぎる・・・)」と思いながら、お世辞にもピッチングに集中出来る精神状態のまま(そもそも素人がどの口をほざくか、というのは一旦置いておくとして)、マウンドへと向かった。Kが僕にアドバイスを送って来る。「軸足に・・・」とか「重心を・・・」とか「腕の振りは・・・」などと言っていたような気がするが、気が気じゃないため、耳から耳へ通り抜けてしまう。僕は、Kの話に耳を傾けるのではなく、「(古田敦也が『井石川雅規はカッカし出したらどんだけ話しかけても聞く耳持たんねん。投球スタイルは技巧派やのに性格は本格派やねんから(笑)』とか言ってたなぁ・・・)」などと考えていた。石川雅規の気持ちが、ほんの少しだけ、分かったような気がした。

心ココに在らず状態のまま、僕はピッチングを始める。1球目を投げる。キロ数は・・・覚えていない。誇張抜きで、心ココに在らず、だったからかもしれない。とにかく、鮮明に覚えているのは、それまで上機嫌で僕に接してくれていた店員さんの顔色が、スーッと、熱が冷めたような感じになったということだ。これだ。これを僕は恐れていたのだ。そんなことを考える暇もなくKが僕にアドバイスを送って来る。「力が身体に伝わってないから・・・」。当然、何にも頭に入って来ない。けれども僕は、ウンウンと頷いていた。声に出して「うん」と言う余裕は無かったものと見える。

2球目を投げる。店員さんが、口を閉じたまま、唸るような声色で「んー・・・。」と発声している。意図は分からなかったし、当時は意図を汲み取る余裕すら無かったのだが、今振り返ってみると、言葉を当てるとするならば、”どこから手を付けたら良いのか分からんぐらい野球センス無いなコイツ・・・”、といったところではなかろうか。Kは1球毎に具体的なアドバイスを送ってくれた。その心意気は大変ありがたかったのだが、話に耳を傾けられる精神状態でもなければ、内容自体が僕にとっては難解で、サッと言われて理解することはとても出来なかった。

3球目を投げる。Kのアドバイスを少しでも活かそうと僕なりに試みてみたものの、野球素人の僕の目から見ても分かるぐらい、ヘロヘロなボールを投げてしまった。無理もない。言葉で理解することすら出来ていないことを、身体で表現出来るはずがないのだから。店員さんは、痺れを切らしたように、「じゃあこんな感じで・・・」と呟いて、僕に退室するよう促した。誰の目から見ても明らかなレベルでテンションがダダ下がりしている。僕は内心「(だから言ったでしょ・・・)」と思っていた。「だから言ったでしょ」と言うものの、全て心の声なのだから、実際は何も言っていないことは、当然、僕自身にも分かっている。Kは、ほとんど変わらなかった。それだけが救いだった。やはり、僕のことをよくわかってくれている。良い意味で僕に期待をしていない。だから失望もしない。改めて「期待は感情の借金」という言葉の重みを噛み締めていた。

【P.S.】

気が付けば5000文字弱になったので「回想」はもうしません。もしやるとしたら、就寝前更新の「日記・夢日記」とは別で、不定期更新枠として「回想」のマガジンを作った方が良さそうだな、と思いました。書くこと自体は割と楽しかった気がするので。さすがに寝る前の分量としては重すぎるわ。睡眠時間削られたわ。しまったね~。グローブを見て思い出したのだから仕方がない。おやすみなさい。

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