鼻毛処理と髭剃りと鏡

僕は、そろそろお風呂に入る頃合いかしら、という時間になってから、突然、思い立ったかのように、鼻毛処理セットを手に取り、鏡とにらめっこしながら、鼻毛をチョキチョキと手入れし始めた。

僕は身だしなみを整えるのは小まめに行わない。その理由としては、不特定多数の人間と頻繁にコミュニケーションを取らないことが挙げられる。基本的に一人で居る時間が長いライフスタイルを送っているのに加え、他者と接するにしても、顔馴染みの人が多いことも相まって、身だしなみをピシッと整えなくても別に失礼に当たらないだろう、みたいな甘えの感情から、鼻毛処理や髭剃りに代表されるムダ毛処理が、ドンドン後回しになってしまうタイプなのだ。

であるにもかかわらず、突然、鼻毛処理を始めたのはいったいなぜか。答えは、僕自身、よく分からない。強いて挙げれば「第六感に従った」とでも言うべきであろうか。特に意味は無い、というのが正直なところである。一つ言えるのは、スキマ時間を埋める手段が見当たらず手持ち無沙汰になったから、ではないことだ。なぜなら、そろそろお風呂に入る時間帯だったのだから。であるならば、さっさとお風呂場に移動すればいいのに、僕は、鼻毛処理をしている。むしろ、僕自身、自分の心の声に問うているくらいだった。「お前はなんで今このタイミングで鼻毛処理をしているのか？」と。

摩訶不思議な自問自答を繰り広げていると、いつの間にか鼻毛処理を済ませていた。サッと後処理をして、お風呂場へと移動する。その手には髭剃り用の器具が握られていた。どうやら、鼻毛処理の次は髭剃りを行うらしい。まるで、明日、大切な人とデートの予定でも入っている時のような行動を取っている。これもまた、我ながら滑稽であった。

浴室に入るやいなや、髭剃りを始めた。さっきまで鼻毛処理をするために鏡とにらめっこしていたかと思えば、今度は髭剃りをするために鏡とにらめっこするハメになるとは。やれやれ、なんでコイツ（自分自身）の顔をいつまでも眺めていなければならないのか。思い返すと、鼻毛処理からの髭剃りは、これまでの人生で、一度も経験して来なかったかもしれない。もし既に経験していたのであれば、長時間、自分の顔を見るなんてまっぴらごめんだ、と感じていたはず。負の記憶がフラッシュバックしなかったのを見る限り、初めての経験と言い切っても相違無いであろう。

僕がどれぐらい自分の顔を長時間見るのが嫌いかというと、美容院に行ったら、前方が一面鏡張りになっている場所に座らされて、どう足掻いても自分の顔を直視せざるを得ず、挙げ句の果てには、僕とは住む世界が一生交わることはなさそうなオーラを身にまとった美容師の方が至近距離に立つという、弱り目に祟り目状態、こういうのを「四面楚歌」と形容するのかしら、などと心の中でボヤきつつ、もう二度と行くまい・・・と固く決心するぐらいには、嫌いなのである。大嫌いなのである。嫌いの割合としては「前方が一面鏡張り：住む世界が違う美容師」が「７：３」ぐらいで嫌いだ。「３」を大きいと捉えるか小さいと捉えるかは各々の判断に任せることにする。

そんなことを心の中でブツブツと呟いていると、いつの間にか髭剃りを済ませていた。鼻毛処理の時といい、別のことを考えていると、鏡に自分の顔がうつっていることがあんまり気にならなくなるらしい。これはこれでアリかもしれない。もしかすると、美容院も、鏡のこととか美容師のこととかは一切そっちのけで、ひたすら物思いに耽っていれば、勝手に施術が終わってくれるのかも・・・。ふむ。案外、これは妙案かもしれないぞ。少なくとも、試す価値はありそうだ。

今日は何かと「毛」と縁がある一日だった。