【2509字】2024.07.10(水)|スリッパが履けない母、小指をぶつける僕
今朝の出来事を詳述する。
起き抜けに、僕は、モーニングドリンクのホットミルクを飲むために、寝室からリビングに移動し、マグカップに牛乳を注いで、レンジでチンしていた。そのタイミングで母が寝室からリビングに移動してきた。どうやら起床時刻が重なったらしい。「おはよう」と声を掛け合う。どちらも寝起き状態で、頭も身体もボーッとしている。
「ピーピーピー」。レンジのチンが終了したのを知らせる音が鳴る。僕はレンジを開けてマグカップを取り出す。スプーンで軽くステア。この一手間を加えることで、ミルクの温度が「上は熱くて下はぬるい」ではなく「上も下も均等の温かさ」になるのだ。
使ったスプーンを洗い場に置いて、僕は、マグカップを携えながら、寝室へと引き返そうとする。この間も、僕と母は、何やら日常会話を行なっていた(詳しい内容は忘れてしまった)のだが、それとは別に、母は、何やら手こずっているらしい、というのは、所作や言葉遣いから、感じていた。
その違和感は、洗い場から、寝室に移動するためのドアの前付近に来た時に、気付いた。そう。母は、起き抜けでマトモに身体が動いてくれないからか、スリッパを履くことに苦戦していたのだ。
母は、室内用のスリッパとして、クロックスもどき(低価格で購入出来るクロックスにソックリの靴を我が家ではそう呼んでいる)を履いているのだが、造りが頑丈過ぎるのか、たまに、こういうことが起きる。自分の足に上手くフィットしてくれない時があるのだ。
僕に言わせれば、クロックスもどきは、靴の素材の部分が、ちょっと固すぎるんじゃないかと思う。今回のケースのように、履くのに手間取ることもそうだが、脱いだ状態で置かれている時も、誰かがつまづいて、あやうく転倒してしまいそうになることが、しばしばある。今の段階では笑い話で済んでいるが、もっと年齢を重ねていって、足腰が弱ったり、骨が衰えてきたりすると、笑い話では済まなくなってくるかもしれない。一度の転落が大事故に繋がる恐れだってあるのだから・・・。
失敬、話を戻す。
母はクロックスもどきを履くのに手間取っていた。その様子を僕は観察していた。「あぁ、今日もあのスリッパに苦戦しているなぁ…。」ぐらいに感じていた。特に、何をするでもなかった。ただボーッと眺めていた。なんなら、少し、興深げな様子で、眺めていたかもしれない。「いつになったらちゃんと履けるのかなぁ…。」みたいな感じで。
それ(人が困っている様子を眺めて楽しんでいること)が良くなかったのかもしれない。僕は、母がスリッパと悪戦苦闘している様子を横目に見やりながら、リビングのドアを開けて、さぁ寝室に移動しようかな、と思った矢先、
「ゴンッ!」(何かが勢いよく当たる音)
「おおっ・・・!!」(悶絶)
僕は、思いっ切り、足の小指を、自らが開けたドアに、ぶつけてしまったのだ。「前方注意」とは、まさにこのこと。断言出来る。母がスリッパに悪戦苦闘している様子を見ようとしていなければ、間違いなく、こんなアクシデントは起きなかった。前方のドアを開けながら、後方に居る母のことを見ていたため、起きたアクシデントなのだから。
「ううっ・・・!」(続・悶絶)
痛い。シンプルに痛い。ジワジワ来る痛みだ。当たった瞬間も、そりゃあ当然、痛かったのだけれども、当たった後、ジ~ンと、身体の芯から伝わってくるような痛みは、また違う種類の痛みだった。これが何とも耐え難い。それでも、時が経つのを待って、痛みが引くのを待つしかなかった。
また、忘れてはならないのは、この時、僕は、手ぶらだったわけではなく、ホットミルクを持ったままだった、ということだ。「え?何それ?なんかの罰ゲーム?」並みのシチュエーション。小指をぶつけた衝撃で思わずマグカップを落として大惨事を引き起こしている可能性すらあった。それに、手を離さなかったとしても、衝撃によって、ホットミルクがこぼれ、「アチッ!」となっていても、全然おかしくない、そんな窮地に立たされていたわけなのだ。
けれども、僕は、耐え切った。「痛ッ・・・!」と、痛みを隠し切れぬリアクションを見せながらも、マグカップは手放さなかったし、ホットミルクもこぼさなかった。立った状態から、中腰ぐらいの姿勢になってもなお、無事だった。それはまるで、戦時中、我が子の命だけは守らねばならない、という親の想いが、ありありと伝わって来るようだった。そう。あの瞬間の僕にとっては、マグカップは、我が子同然だったのである。
僕とマグカップは、衝突事故に見舞われたものの、なんとか、一命をとりとめた。母からは「あれほどの衝撃を受けてよくこぼさなかった」と称賛の声を頂いたのだが、僕の耳には「よく我が子(マグカップ)の命(落とす=死|こぼす=重傷)を護り抜いた。さすが私が産んだ子だ」と言われたように聞こえた。あれが聞き間違いだとは、僕には、到底、思えない。
寝室に移動した僕は、詳述してきた一切合切を、全てリビングに置いて来たかの如く、いつも通り、モーニングドリンクとして、ホットミルクを飲みながら、モーニングルーティンに勤しんだのであった・・・。
ちゃんちゃん。
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