【4448字】2024.06.28(金)|桜桃忌を肴に、くっちゃべる。(九)
<前回までのあらすじ>
『千代女』に出て来る「和子」が「綴方」(つづりかた|文章を書く能力みたいな感じ)と、子どもの頃から大人に近付いた頃まで、どう向き合って来たか、どう付き合ってきたか、に相応する形で、「UP主」が「ゲーム」と、子どもの頃から大人になった現在まで、どう向き合って来たか、どう付き合ってきたか、を筆記している。実際に書いてみることで「だから僕は『千代女』を読むと感情移入してしまうのだなぁ」としみじみ感じた。「誰得だよ?」みたいな内容になっているのかもしれないが、書いて良かったなと思う。
昨日、「綺麗な形で終わったのでこのまま次に移っても・・・。」と書いたのだけど、色々考えた結果、もう一日だけ、続けようと思う。『千代女』を。明後日からは、『女生徒』に移る。言うまでもなく大トリである。「太宰治の女性独白体と言えば?」と聞かれて、まず出るのが『女生徒』なのは自明の理であろう。
僕自身、「桜桃忌を肴に、くっちゃべる。」というテーマで書き出してから、『女生徒』を取り上げた時は、どう書き進めていこうかしらと、密かに思案を重ねている。書き始めてから分かることも多いので、現時点では何とも言えないが、他の作品よりも、長く筆記することになる気がする。そもそも、内容自体、他よりもボリューミーだったりするしね。
というわけで、本題に入ろう。
僕は、一昨日と昨日の二日間、『千代女』の内容に基づいて、実体験的な話を展開してきたわけだが、「和子」と「UP主」に共通しているのは「周りに居る人の影響の大きさ」だと感じている。
良く言われることだが「人は周りの環境に左右される」のは真理だなと改めて思う。「成功したいなら成功者の輪に入れ」とか。まぁそれが簡単に出来るのであれば苦労しないのだが。いや、そんなことをウダウダ言っているから、いつまで経っても、目に見える結果を挙げられないのかもしれないが。
・・・まぁ、その話は、一旦、脇に置いておくとして。
「和子」の場合は「綴方」の才能を近親者に見出されて、あれよあれよと、自分の周りの人々から”天才”としてもてはやされた。けれども、その扱われ方が「和子」にとっては苦痛だった。やがて、ほとぼりが冷めて、自身に余暇も生まれたので「綴方」を再開した。しかし、最初に才能を見出した近親者にまで、「あんまり夢みたいなことを言うな」と言わんばかりの態度で、あしらわれてしまう。
このシーンは、何度読んでも、考えさせられる。メンタルの状態によっては、涙腺が緩んだりもする。ただ単に「才能が無ければ駄目だ」と言われるだけなら、僕は別に何とも思わない。
最初に「お前には才能がある!」と言わんばかりに猛プッシュしてきて(詳しくは本文に目を通してもらいたい)、最後に、しっぺ返しを食らわせるような形になっているからこそ、考えさせられるなぁ・・・と、しみじみしてしまうのだ。
こういう感じで話を展開しようとすると「〇〇のせいで大成することが出来なかった!」的な受け取られ方をしかねないよな、と危惧している。どう広げれば良いんだろうと、頭をフル回転させているつもり。言葉選びが難しい・・・。書きたいことはあるんだけど、どう伝えるのが最善なのか・・・。
▶それから私は、駄目になりました。
この一文が、メチャクチャ分かる気がしていて。ていうか、多分、一読目の時、そっから引き込まれたんだと思う。その後、内容は、具体的なエピソードが、ドンドン語られていくんだけど。一つ一つ、身につまされるというののか。「あぁ、なんか、似たようなことを感じた記憶があるぞ…。」ってなる。あの感じ。たまらない。
特に、学校って、今思い返すと、メッチャ特殊な環境だと思ってるんだよね。僕は。通っている頃ってさ、「学校=社会」みたいな認識じゃなかった?僕は多分そうだったんだけど。頭ではそんなわけないって分かっているはずなんだけど、同じ学校に通っているクラスメイトって、ずっと、ずーっと、付き合っていかざるを得ない、みたいな・・・。
実際、そんなことは全く無いんだけどね。卒業する一瞬で分かる。大半の子とは顔も合わせなくなるし。一部の人とは、定期的に連絡を取り合ったりするかもだけど、その後、疎遠になるパターンも多いし。物理的距離が離れれば尚のこと。「遠距離恋愛」は自然消滅しやすいと言われるのだから「遠距離の友達関係」は、もっと消滅しやすいんじゃないの。いや、知らんけど。これは割と適当に言っているので聞き流し推奨。僕は友達の絶対数が壊滅的に少ないので良く分からない。自虐でも何でもなくガチの話。笑えない。
うーん・・・。
今、考えてるのは、”何気ない一言”って、相手の背中を押すこともあれば、相手の足を引っ張ることもあるんだよなってこと。これは、曲がりなりにも、教師を志したからこそ、その気持ちは凄くある。”言葉の重み”とでもいうのかな。
僕の場合「よくそんなこと覚えているね!」と言われるケースが割と多いタイプなんだけど、だからといって、僕が、なんでもかんでも、正確に記憶しているわけではなくて。ただ、人よりも、ちょっぴり、感受性が強いっていうのか、喜怒哀楽の移ろいが激しかったり、「んっ?」って引っ掛かる箇所が多かったりするもんで、結果的に、そうなっているだけに過ぎなくて。
要するに”刺さる”かどうかの違いだと思うのよ。覚えているか否かって。僕のことを「記憶力が良い」って言う人はチラホラ居るんだけど、個人的には、そう捉えていなくって。ポジティブな面もネガティブな面も含めて”刺さりやすい”だけなんじゃないかなと。
”刺さる”と、短期記憶のフォルダではなく、長期記憶のフォルダに行きやすい。そうなると、類似場面と遭遇した際に「そういや前もこんなことが…。」と過去の出来事と結び付けて今の出来事に対処することになる。その結果、思い出す作業を通じて、より記憶が強固なものになっていく。
※参考:エビングハウスの忘却曲線
ゆえに、一昔前の出来事であったりしても、当時の情景が鮮やかに思い出されて、まるで、昨日起きたかのように、話すことが出来たり、書くことが出来たりする。ただそれだけの話。
別に特殊スキルでもなんでもない。誰しも、自分にとって超重要な出来事であれば、何年経っても、詳(つまび)らかに語ることが出来るはず。僕の場合、その領域が、多分、広い方なんだと思う。これまでの経験則からいくと。
・・・で。
この”何気ない一言”っていうのが、厄介なのよ。”本人にとっては”って枕詞が付くんだよね。ひどい場合は「えっ、そんなこと言ったっけ?」となったり。まぁこれも、便宜上、”ひどい場合は”って書いちゃったけど、本人にとっては、ひどいもなにも、そもそも言ったことすら覚えていないのだから、どうしようもない話なんだけどさ。
”何気ない一言”で、相手の背中を押せたのだったら、それは良かったね、で終わるから、まだ良い。まぁ実際にある。自分は全然覚えていないことだけど「あの一言が凄く頭に残ってます」とか。「えっ、そんなところが刺さったの?それは良かった(笑)」みたいな。話の流れで”僕は刺さる領域が他の人より広い”みたな書き方をしたけど、当然、僕は刺さらなくて相手は刺さる、ってパターンもある。そりゃそうだ。みんなそれぞれの個性を持って生まれてきたのだから。
ただ、そういう状況に直面するたびに、物思いに耽る自分も居る。「逆パターンもどっかで起きてたりするのかな…。」と。これは逆の立場(言う側ではなく言われる側)での経験を踏まえてになるけど、おそらくだけど、逆の場合(何気ない一言で傷ついたりした場合)、相手に面と向かって伝えることは、ほぼ無い。よっぽど恨んでるとかでもない限りは。モヤモヤした気持ちを一人で抱え込んだり、もしくは、グチを言い合える親友の前で「こんなこと言われてさぁ…。」と吐き出すのが、圧倒的多数だと思われる。
それを思うと「自分の何気ない一言が相手に刺さって良い結果を生んだ」ということは「自分の何気ない一言が相手に刺さって悪い結果を生んだ」もまた然りなんだよなと。「それは考え過ぎだ」という声もあるかもしれないが、僕はそうは思わない。”勝って兜の緒を締めよ”という表現は、ちょっと語弊があるけれど、「俺の一言のおかげや!」とドヤるよりも「俺の一言で結果が大きく左右されるのだなぁ…。」と自らを律した方が、後者のケースを避ける確率が高まると信じているから。
よく「やられた側はいつまでも覚えているものだ」なんて言い回しがされたりするけど、あれも個人的には否定のスタンスを取っている。論理的に正しいかどうかってところも、正直怪しいと僕は思っているのだけど、それよりもむしろ、”やった側はすぐ忘れるけど”ってニュアンスを孕(はら)んだ状態で投げかけてくるのが、どうも好きになれない。僕に言わせれば「いや、そっちのサジ加減で勝手に決めてやるなよ」となる。
この類いの話も、言葉選びは慎重を要するのだけど、その・・・、いわゆる”加害者側”の立場に立った時の心理状態って、僕は、メチャクチャしんどいよなぁ、と思っているタイプ。ただ、その趣旨の発言を少しでも行うと「あんなひどいことやったヤツの肩持つ気!?信じらんないだけど!」と猛バッシングを浴び続けて来たので、正直、あんまり、介入したくないのだけど・・・。今こうして、書いているだけでも、胸がザワザワしてきて、気持ちが悪くなってきている。
一つだけ。何がしんどいかって、心の拠り所となるものが、どこにも無いケースが多いんだよ。「自業自得だろ?」と言われればそれまで。だけど、それで片付けられないのも、また人間。結果として悪事を働いたとしても、そこに至る経緯は、人の数だけ、存在しているわけで。結果だけが独り歩きして。話に尾ひれが付いて広がって。あることないこと言いふらされたりして。それも「自業自得」の一言で片付けて良い問題なのかい?
・・・ごめん、今日は、ここまでにする。
ちょっと、思い描いていた着地点とは、随分違ったので、明日もどうなるか、分からない。そもそも明日は土曜日(チートDAY)なので、このシリーズの続きは書かない気もするけど・・・。