500年続く大戦争時代に愛を叫んだ異端のリーダー _feat.墨子<やりたい仕事編#2/3>
やりたいことが見つからない。
そう悩んでいる間は、できることをやっていればいいと思うんです。
「やりたい仕事が見つからない」「自分の天職とは何だろうか?」などと悩んでいるということは、あなたの中にやりたいことがマジでない状態です(笑)。
あれば、そこでは絶対に悩みません。見つからないじゃなくて、ないと言い切っていい。
探したところで自分にとってのそれがいつ出てくるかは、その日の天候が曇りで晴れないかと思い悩むぐらいに意味がない。コントロールすることもできません。
死ぬまでやりたい仕事は出てこないかもしれないし、それはそれで自然なことです。やりたい職がない人類なんて、過去も今も山ほどいるし不幸でもまったくない。やりたいことが、そもそも仕事に関係ないこともあるでしょう。
できることをやりながら「やりたい」を拡大
だから、ない間はできることをやっていたらいい。
もしも、そのうちにやりたい職が出てきたら、できることをやりながらやりたいことへアプローチしていくといいです。
その際、「やりたいこと」は基本的に「できることではない」とわかるはずです。当たり前と言えば当たり前なんですが、できないから「やりたい」わけですよね。理想と現実です。
このとき、理想ややりたいことが叶わないからと捨てて、現実だけを生きる人がたくさんいます。でも、「やりたいことができるかどうか」は関係ないんです。
やりたいことや理想があるならば、できるかできないかはどうでもよくてやればいい。できないからやらないことなんて、やりたいことではありません。
だから、やり続ければいい。
その前提として、自分がやれることをやっていることもとても大切です。
理想を追い続ける。同時に、現実世界から逃げずに結果も出し続けるんです。
これを体現した人が2500年前、春秋・戦国時代の中国にいました。
春秋・戦国時代に数多く出現した思想家(諸子百家*)のひとり、墨子(ぼくし)です。
(*)諸子百家(しょしひゃっか)……春秋・戦国時代に活動した古代中国の思想家、学者集団の総称。各国の君主や統治者たちは、戦争に勝つ方法に加えて、どうすれば自分の指示を国内に行き渡らせられるか、どうすれば家臣の協力体制が良くなるかなど「国をまとめる・強国にする方法論」を求めた。そのアドバイスをするべく国に招かれ、統治者たちにコーチングを行う。孔子を祖とする儒家、法を守らせることが重要と商鞅や韓非らが説いた法家、自然に任せたほうがいいと老子や荘子が説いた道家など多数の思想家を輩出した。
儒教が説く上下関係を批判
諸子百家の代表は、孔子を祖とする思想集団・儒家です。
儒家たちは、君臣、親子、師弟など「上下関係によって秩序を確立することが国を安定させる」と説きました。そのため孔子は、君主は「徳」をもって良い政治を行い、家臣は「礼」を行動によって示すことを重んじました。
そんな儒家たちを批判したのが、墨子です。人に身分や立場で差をつける「上下関係」を統治の手段にする考えではなく、墨子は無差別と平等の愛(兼愛)こそが大切だと言いました。
墨子が主張した「兼愛交利(けんあいこうり)」の考えは、「兼(ひろ)く愛する」という意味で、「交利」は互いの幸福を増幅するとの意味です。自分と他人を同じように捉えて、自己と他者を等しく愛せば戦争はなくなる。
お互いの利益を考え、すべての人を公平に愛する博愛主義を実践することから道徳が成り立つことを説きました。
平和を求め、侵略戦争を否定する「非攻(ひこう)」という非戦論も主張します。
無差別の愛を叫んだ... のは500年間大戦争時代
春秋・戦国時代というのは、500年にも渡る中華の大戦乱時代です。
自国を侵そうとする者が現れれば、武力で跳ね返すのが当たり前の価値観です。中華全体で争乱状態の時代に、「愛で満たそう」と非戦論を墨子は大真面目に叫んだわけです。
ピースフルなヒッピーのような理念で、周囲からすると意味がわかりませんよね(苦笑)。
実際のところ、現代で愛を叫ぶのと比較にならないほどに場違いでした。
愛で満たそうとしながら無敵の戦士
ただ、平和を叫ぶけど具体的にその方法は言及しないヒッピーと墨子には、明確な違いがあります。
大きな理想を語る思想家でありながらそこに終始するのではなくて、その時代に求められる能力も高かったこと=戦争が超絶強かったことです。
彼が実現したいのは愛で満たす世界ながら、現実は戦国の世。
理想と現実の乖離はものすごいけれども、墨子は理想をまったく捨てずに主張し続けます。
そして、「非攻兼愛」のやり方で、攻められている城に行き「あなたの城を護ってあげますよ」と落とされないよう援護します(守城戦)。高い防御技術を備える墨子軍団は、完全に守りきるんです。
なんと、70戦無敗の勝率100%です。
墨子は、現実に立脚した圧倒的軍事スキルで「城を攻めさせない・落とさせない」と同時に、「戦国時代に博愛主義を伝える」という無謀すぎる理想を追求し続けました。絶対に、諦めませんでした。
ほとんどの部下は理念に関心なし
墨子のすごいところは、その理想世界を弟子など自分以外の人間にわかってもらえなくても怒らなかったこと。
墨子は独自の武装集団を保有していて、300人程度の部下がいました。そのうちの99%は戦争スキルを学ぶために墨子の元にいただけです。
墨子の説く愛や平和なんて、部下はどうでもいいと思っていました。
そんな状況に対して墨子は、「わかってくれよ!」「オレはこんなにやっているのに!」と熱血リーダーのごとく共感を求めて感情的になることは一切ありません。
むしろ、墨子の理念を理解していた数人の弟子に感動し、理念の話に興味はない部下にも、自分が持っている守城技術を惜しみなく教えたんです。
理想に対して他者に依存しない
多くの創業者や経営者が抱えている悩みや困難は、自身の想いや思想が伝わりきらないこと。経営トップと同じ温度感を社員は持ってはくれないですからね。
経営者の理想が高ければ高いほど、周囲から現実に立脚した意見をバンバン言われもします。現実的な意見は経営者もわかっているんです。でも理想もビジョンもあるからそこにたどり着きたい……。そんな葛藤です。
墨子の精神は、一切他者に依存していなかったのだと思います。
そういう世界が実現出来そうだからやっているわけではなく、自分がしたいから墨子はやっていました。理念をわかってもらおうとかわかってもらえないとか、その理想が実現出来るか出来ないかといった概念の外でしっかりと現実の仕事で結果も出していました。
戦国の世は続くし理想は未遂に…それが!
墨子が生きていた間、戦争技術しか周知されませんでした。墨子の思想をほとんど誰も聞いていませんでした。
ところが、これが歴史のおもしろいところなんですが、墨子の死後、その思想の素晴らしさが陽の目を見て受け継がれます。
墨子を始祖とする墨家と呼ばれる思想家集団がつくられ、戦国末まで儒家と並んで中国古代思想界を二分する巨大勢力を誇るまでになりました。
理想を自分の代で完遂させるつもりでやるけれども、完遂出来なくても怒らない。自暴自棄にならない。現実がどれだけ過酷でも理想を捨てず、しかも現実をちゃんと生きる。
厳しい現実の前で理想を捨てた人も、現実を捨てて理想だけを追う人も、理想と現実の間で苦しい経営者も、墨子のメンタリティーを学ぶといいと思います。
僕もコテンを経営しながら、墨子のスタンスにものすごく勇気をもらっています。
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■墨子をもっと知りたい人へ
古代のソーシャルベンチャー起業家「墨子」(▼)
■コテン 深井龍之介のnote『レキシアルゴリズム』って?
このnoteでは、歴史を学ぶことで得られる「遠さと近さで見る視点」であれこれを語っていきます。
3000年という長い時間軸で物事をとらえる視点は、猛スピードで変化している今の時代においてどんどん重要になってきます。何千年も長い時間軸で歴史を学ぶと、自分も含めた「今とここ」を、相対化して理解できるようになります。
世の中で起きている経済や社会ニュースとその流れから、ビジネスシーンでのコミュニケーションや組織づくり、日常で直面する悩みや課題まで、解決できると僕は信じています。
人間そのものを理解できたり、ストーリーとしての歴史のおもしろさを伝えたくて、歴史好きの男子3人で『COTEN RADIO(コテンラジオ)』も配信しています。PodcastとYouTubeとどちらからでも。あわせて聴いてもらえたらうれしいです。
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*来週は、フカイ自身の「やりたいこと」との向き合い方を語ります。
編集・構成協力/コルクラボギルド(平山ゆりの、イラスト・いずいず)