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【短編小説】「幸せのサンタクロース」

吹雪が舞う、氷河の大地。
激しさと孤独に閉ざされた、極寒の地。
 
熱を奪われたその中に一つ、灯りがあった。
 
目をそらしてしまえば、もう見つけられないくらいに。
小さく、か細く、それでいて暖かな光。
目を凝らして近づいてゆけば、それが家だと分かる。
冷たい空へ白い息を吐く煙突。
白く雪をかぶった三角屋根。
 
途端、心臓が大きく跳ねる。
 
間違いない。
あれが、きっとそうだ。
 
末端まで冷え切った体に、熱が流れるようだった。
膝上まで積もる雪をかき分け、とにかく進んだ。
これを届けさえすればいいのだ。
それが、僕の役目なんだから。
 
自分にそう言い聞かせて、ずっと歩いてきた。
 
背中に背負う荷物が、すこし軽くなるような錯覚の中。
やがて辿り着いたそこの前に、僕は立ち尽くした。
 
小さなランタンに照らされた、小さなポスト。
ドア横に置かれたそれは、もう半分以上埋もれている。
雪に圧されて、少しばかり首をかしげているようだった。
 
丁寧に雪を払うと、木彫りの表札が顔をのぞかせる。
綺麗な削り口を残したままに素顔を見せたそこには、
 
〈 Santa Claus 〉
 
たった一言。そう刻まれているばかりだった。

ドアに隔てられた温度差が、そこにはあった。もう随分冷えたきりだった四肢が、ゆっくりと緩むのを感じた。
「郵便です。ここにサインを―」
 招き入れられた中は、それはもうひどい有様だった。玄関から続く廊下といくつかの部屋が見えたが、おおよそ足の踏み場は無いようであった。
 外から見るよりも幾分か広いそこで、肩に担いだ荷物を下ろす。と同時に、幾十人もの小人(いわゆるドワーフ、という種族の者たち)が、集まってきた。
「おぅい、荷物きたぞぅ」「でっけぇなぁ」
「何処からきたべ」「袋に書いてあるんでねぇか」
「うぅん? どこにもかいてねぇだぞ」
「ほれ、あ、じ、あ、って書いてあるだろに」
彼らは怒号にも似た喧噪を作り出し、家の中はもう収集がつかなくなってしまっていた。
「こんな大きいもんを……若いってのはいいなぁ」
 一人のドワーフが、伝票を受け取りながらそう言う。―なんというか、いやに落ち着いている。
深く椅子に座って、ゆうゆうと煙管をふかす姿が妙に板についていた。
しんしんと積もる雪のように真っ白な髭。深く刻まれたしわの数々。
人間でいうところの、丁度老人―に当たるようにも見えるが、彼等は超長命種族。人間よりもはるかに強い生命力を持ち、実に幅広い年代のドワーフが、ここで働いている。
「大丈夫ですよ。仕事ですから」
 ようやく温まった手を振って、僕はそう言った。
「しかし、今年は雪がやたら多いんだな」
「えぇ、ほんとに。歩くのも一苦労です」
 足元のドワーフはペンを止め、驚いた顔を見せた。
「歩く……? 歩くって、どこから?」
「あ、いえ。途中まで乗ってきたんですけど、壊れちゃって。また経理部から怒られちゃいますね……」
 頼りなく後頭部を掻いたまま苦笑いを浮かべる。
「この雪の中を?」
「えぇまあ。慣れてるんで」
「―お前なぁ、途中からだって歩いてきた奴なんかいやしないよ。まったく……」
 呆れた、と言わんばかりの表情を浮かべながら、深いため息をつく。仕事熱心なのかアホなのか、分かんねぇな、とかブツブツ言いつつ、彼は軽快にペンを走らせた。
「―で? あんた、どこから来たんだい」
「日本です。日本の、北海道ってとこから」
「遠いんじゃねぇか」
「遠いですね」
「帰れないだろうに」 
「帰れませんね」
 煙管の先端から、紫の煙があがる。
「―ふぅん。ホッカイドー、ねぇ。まぁいいさ」
 ぴらりと受け取り票を渡して、彼は言葉をつづけた。
「―サンタに送ってもらいな。そのほうが早い」
「……え?」
「誰か、手の空いてるやつは―あぁ、誰かいないか」
 おおかた仕事は済んだのだろうか。
 彼は、休憩がてら暖炉を囲むドワーフの集団の中から、一人を呼びつけた。
「このひょろっちいのを、サンタのところへ」
「へぇ、人間とは、これまた珍しい」
「いやあの、サンタクロースに送ってもらうのは、ほら、仕事の邪魔になるかも。きっとよくないと……」
「じゃ、他に方法があるってのかい」
「……」
 彼の一言に、僕は口をつぐんだ。
 ここ、南極大陸への特別郵便配達は、12月のみ。
クリスマスを前にして、ここ、サンタクロースの家宛に、特別便が幾度となく運行される。それは、世界中の子供たちの手紙を、サンタの元へ届ける為。幾千枚もの手紙束を、そりで配達するのが仕事なのだ。
が、僕が任されていたのは、アジア特別配達最終便。
 来年まで待たなければ、日本には帰れないのだ。
「なら黙って、こいつについてくんだな」
 そちらの考えはお見通し、と言わんばかりに彼は再び、深く腰掛けた椅子の上で、大きな煙を吐きだす。彼なりの無口な優しさに、僕は思わず「ありがとうございます」と頭を下げた。
 
玄関から奥へ伸びる廊下、その先。薄暗い螺旋階段を下りながら、僕は白い息を吐いた。先を行く彼は、こちらを振り向きもしない。頼りない灯りが偏在するだけのそこで、反響したため息は四方へ響いた。
「あんたの持ってきた手紙が最終便。その分のプレゼントを荷台に詰め込んで、明日には出発する」
先導する彼は、そう続ける。
「そこで、あんたも袋詰めにして荷台へ放り込むわけだ」
「―袋詰め?」
「冗談だ。いくらお荷物とはいえ、あんたは配達員。途中で放り出すなんてことはせん」
 やがて一番下まで降り切ると、大仰な扉が目に入った。
「ほれ。この先だよ」
 ノックに答えた声の主は、扉の向こうで深々と座り込んでいた。
 ―見れば見るほど、彼はサンタクロースだった。ふくよかな体に、真っ白な髭。赤いコートがよく似合う、紛れもない、サンタそのものだった。
「荷物が増えます。日本行きに、人間一人」
「あぁ、構わないよ」
 真っ白に伸びた髭を撫でつつ、サンタはそう言った。
「いや、でも。邪魔になりませんか」
「ならない。いや、させない、といった方が正しいね」
 ギシ、と音を立てて彼は立ち上がった。
「君にはプレゼントの配達を手伝ってもらおう」
 
「―分かりました」
「決まりだ」
 
「―それまでに、これをなんとかしなくちゃならない」
 
『 幸せをください 』
 
「はじめてみたね。こういうことを書いてくる子は」
 
その時は、直ぐに訪れた。
 
「これだけのプレゼントをおひとりで?」
「呵々。昔はそうしていたがね」
 
「彼等にも手伝ってもらわねば、終わらないよ」
 
「―出発だ」
 
 
大地を滑り、海を越え、空を渡って。
瞬く間に荷物はなくなっていった。
 
「これで最後かな」
懐の中に、小包を携えていた
 
 
 
 
 
 
あとがき 
 
今回の作品、短編の割には完成が遅かったと思います。
色々理由は浮かびますが。
何よりも、執筆の最中に、ふと「幸せとは何か」を考えることが多かったのだと思います。
 
およそ七十億人がひしめく現代社会において、個々人の希求する「幸せ」とは、決して一様ではありません。
 
―「幸せ」とは何か?
その問いに、答えを出せる者はいない。
具体化することもできなければ、明確な定義もない。
 
―それ故に人は戦争を止められないのかもしれない。
 
そんなことを思っていました。
 
何はともあれ。
今回の作品、楽しんでいただけたたら幸いです。
 
今年も、平和にクリスマスが迎えられたことに感謝して。
メリークリスマス。


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