空を見ていた ⑩主よ、みもとに
電話が鳴った。
教会のお兄さんからだった。
「まだ連絡が行っていないと思うので・・・。今、H先生が天に召されました。」
受話器を握り締めたまま、呆然としていた。
ほんの5日前にお見舞いに行ったばかりだった。
癌に侵され、入院した時にはもう手のつけようがなかった。
意識不明の中、B先生、3人の委員、牧師夫人、そして特別に連れて行っていただいた私が、病床での最後の聖餐式にあずかっていた。
牧師夫人とB先生がご配慮してくださって、H先生と私を二人きりにしてくださった。
意識不明のH先生に話しかけた。
「先生・・・龍舞です」
苦しそうに、体がかすかに動いた。
「先生・・・」
眉間に少ししわが寄った気がした。
・・・ごめんなさい・・・
そう言いたかった。 その一言が言えなかった。 もう何ヶ月も教会から足が遠のいていた。
ご心配おかけしたことをお詫びしたかった。 短時間でもお仕事ができるようになったことを伝えたかった。
でも、言えなかった。
先生の手に触れた。
意識不明の先生の閉じられた目から、涙がこぼれた。
告別式の日は、雨が降っていた。
生まれて初めての葬儀参列だった。
先生は棺に納められ、その棺に、5歳の娘さんが寄り添っていた。
5歳で天涯孤独になったH先生は、自分の娘には寂しい思いをさせたくないと、ホスピスで過ごすよりも、苦しい治療を受けて少しでも命を延ばそうとがんばっていた。
もう何ヶ月も食べ物を口にできずにいた先生の体には、その治療は過酷過ぎた。1度の化学治療で意識不明に陥った。
主よ みもとに 近づかん
初めて聞くその賛美歌は、悲しく悲しく心に響いた。
しばらく激しい罪の意識に襲われていた。
苦い思いを抱き続けたら 相手が死んでしまう・・・
それは、恐ろしい苦しみだった。
私が先生を殺してしまった!
そういう思いにとりつかれ、逃れようがなかった。
ますます教会から遠ざかった。 怖くて怖くてどうしていいのかわからなかった。
ある日、夢を見た。
あなたの存在と あなたの祈りは 私の喜びです
ああ・・・イエスさまだ・・・
涙が溢れた。 そして、目が覚めた。
夢だったのか・・・。でも、確かに聞いたあのお声は、今も忘れない。
しばらくして、夢の中でH先生と向かい合って座っていた。
H先生に「ごめんなさい」と謝った。
先生は、穏やかな顔で私に聞いた。
どうして教会に来なくなったのですか?
答えようとした時に、目が覚めた。
生きているうちに、「ごめんなさい」と言わなければ・・・。
言えなくなってからでは遅すぎる。
「ありがとう」も「ごめんなさい」も、生きているうちに言わなければ・・・。
相手が生きているうちに、自分が生きているうちに。