【 Tinymemory 6 】
あいつは時々
ハーレーを飛ばしてやって来た
嵐のように
豪快にドアを開け
居間のソファーにドカッと座って
ブルマンをごくりと飲み干し
ハーレーでまわったあちこちを
ひとりでベラベラしゃべり
ゲラゲラ笑い
ああ...僕達の静寂は
どこ行っちまったんだ?
最初はおびえてぬいぐるみを抱きしめ
ゆり椅子から動こうとしなかった彼女が
いつの間にかその瞳に笑みをたたえ
僕達の会話を楽しんでいるようだった
一度だけ
あいつと3人で
彼女の好きな夕暮れのポプラ並木を
歩いたことがある
革ジャンで黒ずくめで
豪快なあいつが
彼女の歩調に合わせて
ゆっくりゆっくり歩く
豪快さと繊細さを併せ持つあいつ
彼女が声が出ないことなど
僕達の間では
何の妨げにもならなかった
葉の揺れ
水面のわずかな彩りの変化に
彼女の瞳が輝き
彼女の瞳が翳る
声が出ない代わりに
彼女は目で語る
あいつにはそれがわかるのだろう
彼女がいつもその胸にそっと抱きしめている
小さな女の子の写真に
あいつは何を感じていたのだろう
ある日
彼女が電話に触れているのを見た
僕が郵便物を取り忘れて
ポストを見に行ったときだった
まだ陽が沈んでしまう前の
セピア色に染まった部屋で
声の出ない彼女が
電話を握り締め
そのまま聞き入っている
そしてそっと受話器を下ろし
窓辺に置かれたゆり椅子の
ぬいぐるみを抱きしめて
悲しげな目をして
夕日に染まる白い壁を
見つめていた
窓の外から見たその光景は
胸を締め付けられるような
哀愁が漂っていた
夜になり
彼女を寝かしつけてから
僕は電話のリダイヤルを押してみた
ー おかけになった電話番号は
現在使われていません -
感情のない機械的なメッセージが
無情に流れた
彼女がどこにかけていたのか
僕にはわかった
彼女は時々
こうして電話をかけていたんだ...
決して通じることのない電話を...
決して聞くことを赦されない
愛する子の声を聞こうとして...
僕達が一緒に過ごした年月を
彼女は一人でこうして
悲しみを背負っていた
語ることのない心に
たくさんの想いを抱えて...
うさぎのぬいぐるみと
小さな女の子の写真を胸に抱いて
胎児のように丸くなって眠る
彼女の小さな姿が痛々しい
僕は隣の部屋のソファーに横になって
声を殺して泣いた