第56号  一念発起


「今日からお世話になりますミヤグスクです、よろしくお願いします」

朝のミーティングで紹介された人は、何とみつおが買った成功哲学の代理店の人だった。

今までは、プログラムのフォローとして話をした事があったが、まさか成功哲学のプロフェッショナルの人が会社に入ってくるとは思わなかったのでびっくりしたのだった。

「えっ?マジっすか?ミヤグスクさんがうちの会社に入るんですか?すげー、じゃいつでもプログラムの話が聞けますね」

みつおはテンションが上がってきた。
ミヤグスクさんは、プログラムの内容には精通していて、何を聞いても即答してくれるので、たまに会って話をしていたのである。

「何?何?何?プログラムって何?」

チネンは興味深々だった。

「いや、凄いプログラムだけどお前には無理だよ、めっちゃ凄いけどな」

みつおはわざともったいぶった言い方をした。

「俺もワクガワも一流を目指しているから秘密のプログラムを聞いてるんだよ、でもお前は一流なんか興味ないだろ、家族があるからな、そこそこ頑張ればいいんじゃない?」

わざと挑発してからかった。

「何?教えて、俺も一流になる」

「どうかな、意識が高くないと無理だよ、ねミヤグスクさん」

「そうだね、一度話をしてみないと分からないけど、本当に一流を目指す覚悟があれば大丈夫じゃないの?」

その後、言うまでもなくチネンもプログラムを購入したのだった。

こうして、メンバーは5人になった。
ファーストフード店がミーティングの場所だった会社から本格的な会社の形になってきたのだった。

そして年末がやってきた。

「いよいよ12月ですね。ラストスパートかけて良い年を迎えましょう」

朝のミーティングの後にワクガワに呼ばれた。

「みっちゃん、今の自分の実績を把握しているか?」

「えっ?実績? 先月は2件でしたけど…」

「違うよ、この会社に入ってからの実績よ」

「いや、ちょっと待って調べてみる」

「だから、把握してないんだろ?把握しているかしていないかを聞いているんだよ」

「あっ、すみません把握してません」

「だから、責めてるんじゃなくて、事実確認をしたいだけなんだけど、していないんだよな」

「はい」

「いくらぐらい売り上げてると思う?」

「3000万円くらいかな」

「違うよ、4,000万円だよ」

「そうなの、すげーな」

自分の事なのに感動してしまった。

「で、何が言いたいか分かるか?」

「えっ?自分の実績はちゃんと把握しろってこと?」

「そんなのは当たり前だからいちいち言わないよ、自分のためにやるかやらんかは自分で決めたらいいんじゃない。ちなみに一流の人間はそういったのも全部自分で管理しているけどな」

皮肉っぽく言われてギクッとしてしまった。

「それよりも大事なことが言いたいんだけど」

「えっ?何?」

「もう12月だよ、分からんか?」

「んーーー、分からん」

「もう忘れたわけ?今年の売り上げが会社の目標の半分を上げたら共同経営者にするって約束しただろ」

「あーーー、そうだったね忘れてた」

みつおは共同経営者に興味がなかったので、完璧に忘れていたのだった。

「そうか、と言うことは12月に1,000万円達成したらいいんだな」

みつおは、急にやる気が出てきた。 
共同経営者には興味ないが、設定した目標が目の前だとおもったのである。
後1000万円なら年末に可能だと思ったのである。

「よっしゃー!」

みつおは張り切って会社を飛び出した。
しかし、その日は一件も見積もりのアポが取れなかった。
プログラムを聴きながら積極的な心構えをキープしてはいたものの、12月の初日アポが取れなかったことは正直に凹んでいた。

「大丈夫、まだまだこれから」

次の日の朝のミーティングで、他のメンバーがアポを取ってきていたのでみつおだけがゼロだったということを知ったのだが、マイナスにならないように、プラス思考で発言したのだが

「金城さん、無理矢理にプラス発言しても心がマイナスだったら意味ないよ、マイナスならマイナスで認めて、プラスになるような行動をとった方がいいよ」

成功哲学のプロのミヤグスクさんにもっともらしいアドバイスをもらったのだった。
どんなに誤魔化してもみつおは顔に出るのでバレバレなのである。

「今日はね、先に5番目のプログラムを聞いたらいいんじゃないかな」

「了解です。ありがとうございます」

今のみつおにとって大事だと思われる内容のプログラムを教えてもらい、そのテープを聞くことで気持ちは救われたのだった。

しかし…

アポは取れるものの、なかなか契約が決まらないまま、12月も半ばになってしまった。
月初めは、3件くらい契約を上げれば1000万円達成できると思っていたのだが、決まりそうな物件もないまま今年もあと2週間

1000万円にこだわってから契約が取れなくてかなり気落ちをしていた。
そうなると、成功哲学のプログラムも虚しくしか聞こえなかった。

そんなある日、みつおの何かがブチ切れた。
ちまちまやってる暇はない、3件というプレッシャーがあるなら、一件で1000万円超えの物件を探そう。

と意気込んだのだが、いざ大きなマンションの前に立つと、一般住宅とは違い変な緊張感が走るのだった。

そこで、みつおは思いついた。
小さな家から大きなマンションの営業に切り替えてプレッシャーがかかるなら、だったら沖縄で一番大きな物件から先に営業に行こう。

そして向かったのは沖縄で一番高い建物
那覇を見下ろすそのホテルは沖縄では唯一の20階を超える高層ビルだった。

「こんにちは、わたくしはこういう者ですが、支配人さんはいらっしゃいますか?」

みつおはドキドキしなが、フロントの受付の人に話しかけた。

「はい、ではお呼びしてまいりますのでしばらくお待ちください」

受け付けの人は快く名刺を受け取り支配人を呼びに行った。
しばらして、支配人らしき人がやってきた。

「こんにちは、私が支配人のヤマシロでございます。よろしくお願いします」

その支配人は丁寧に自分の名刺をみつおに渡して

「で、今日はどういったご用件でしょうか?」

みつおは心臓がバクバクになりながら

「実はですね、僕はこの地域を担当していました、ホテルが目に着いたものですから、もうそろそろ、外装のお手入れの時期じゃないかと思いまして伺いました」

「あぁ、なるほどそういうわけですが、でもうちは◯◯組の傘下ですので、そういった事は全て自分たちの会社でやっているんですよ」

それは、沖縄では有名な大きな建築会社だった。

「あぁ、そうなんですか、それは大変失礼しました」

みつおは、断られたことで逆に気が軽くなり、初めて笑顔が出たのだった。
支配人の方も一緒に笑ってその場を後にした。
この経験がみつおの武器になった。
今まで大きなマンションとかの営業にプレッシャーを感じていたのだが、沖縄で一番大きな物件に営業に行ったということだけで凄い自信に繋がったのである。

その後、みつおは大きなマンションやアパートの営業に徹底した。
そしてついに見積もりのアポが取れたのである。

「金城さん、凄いですねあのホテルに営業に行ったんですか?絶対無理とは思わなかったんですか?」

後輩の営業マンが感心していた。

「無理とかそんな問題じゃなくて、アポだけでも取れたら凄いなと思ったんだよ、あんな大きな建物の見積もりしてみたいだろ」

「いや、そうですけど普通はあんなホテルはいろんな付き合いがあるから簡単には取れないでしょ」

「あはは、そうらしいな、営業に行ってはじめて知ったよ」

「あんな大きな物件に比べたら、通常のマンションなんて小さいだろ、だから気が軽くなっ営業したらマンションのアポが取れたんだよ」

みつおのやったことや、実際にマンションのアポを取ってきたことで朝のミーティングは盛り上がっていた。

そして、見積もりの結果、そのマンションは1,500万円になることが分かった。
もしこれが決まれば一気5,000万円超えである。
他の物件は決まりそうもないので、みつおはこの物件にかけることにした。

見積もりを持って、社長と一緒にクロージングにいったのだが、マンションの主は簡単には首を縦にふらなかった。
しかし、はっきり断るわけでもなく何かを迷っているようだった。

その主は会社の経営者で、そのマンションにもショップを持っていた。
そして、ほとんどそこにいる事がわかったので、みつお3日に一回は顔を出していた。

「こんにちは、たまたま近くで現場があるので社長の顔を見にきましたよ」

「近くで工事してるの?」

「そうです、◯◯ビルの隣りの2階屋の家です。良かった見に行ってくださいね。うちがどれだけ丁寧に仕事をしているか分かりますよ」

みつおは、社長が悩んでいるのは、信用問題だなと直感で分かっていた。
大きなリフォーム会社なら、信用があるけれど、みつおの会社は今年起業した小さな営業会社である。
手抜き工事されたも潰れてしまったら何の請求もできなくなってしまうのだ。

何度も顔を出しているうちに仲良くなっていった。そんなある日

「やりたいのは山々なんだが、予算がね、もうちょっと安く何ないの?」

お金の話を切り出してきた。
お金の話になったらほぼ決まるのがその業界の法則みたいなものだった。
しかし、そこで簡単にお金の話をしてはいけない。

「それはちょっと、僕ではどうしようもないので、社長に相談してみますね」

冷静を装ってその会社を後にするのだった。
そして、会社に戻り社長がくるのを待った。
お金の話になったことを伝えると

「そうか、ちょうど良かった。じゃちょっとお金の相談をしようか?」

「えっ?誰と?」

「お前だよお前の物件なんだから、お前と相談しないと話がすすまないよ」

「えっ?どういうことですか?」

「あれだけの物件になると、簡単に金額を下げる分けにはいかないんだよ、値下げした分会社の利益も減るから、何か手直しがあった時に対処できなくなるでしょ、だから相談があるんだけど」

「はぁ?どういうことですか?」

「俺もちょうどあの物件の事を考えていて、会社の利益を削ってでも取ることでお前の自信にも繋がるかなぁと思って大幅に値下げしようと思ってるんだよ、ただこの物件が決まったらお前も共同経営者だろ、だから一緒に会社の利益も考えて欲しいんだけどさ、あの物件を1,200万円にした取れると思うんだけど、お前のマージンも10%じゃなくて100万円にしてくれないか?」

「あぁ、なるほど、いいですよそれでいきましょう」

1,500万円で決まればマージンは150万円になる予定だったが、仕事を取るために会社の利益とみつおのマージンを少し減らすという作戦だった。

それでも、1件で100万円のマージンは初めてである。
そして、5,000万円の売り上げも達成できる。
みつおはそれで大満足だった。

しかし、ただ大幅に値下げをすると逆に怪しまれてしまうので、値下げの理由を上手く説明してその物件が決まったのだった。

みつおの人生でこんなに上手く事が運んだのは初めてだった。
その年は最高の年になって幕を閉じたのである。

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