第53話 歩くセールスマン


「ふー」

みつおはためらっていた。
初めての営業で、初訪問がなかなかできなかったのである。

手伝いでやってた時と違い、本格的に営業マンとして訪問するのはかなり抵抗があり緊張していたのである。

玄関先でチャイムを押すか押さないかでしばらく葛藤していたのだった。

いつまでもここにいるわけにはいかない。

「ピンポーン」

玄関の前で5分もうろたえた後、ようやく勇気を振り絞ってチャイムを押した。
ところが、いくら待っても出てこない。
もう一度押してみたが出てこない。
留守なのだ。
思わずホッとした自分がいた。

訪問営業で留守だからホッとするというのはおかしな話だが、みつおの最初の営業はそうだったのである。
チャイムを押して、出てきたらどうしようと思ってしまうのだった。

「あ、あの、TK企画ですけど」

「何?」

「いや、あのそろそろリフォームとか考えてないかなと思ってですね」

「あぁ、リフォーム屋さん?うちは親戚にいるからいいわ」

「あそうですか、失礼しました」

実際に住人が出てきてもしどろもどろで緊張しまくりだったのである。
しかし、1日まわっているとだんだんと慣れてきた。

「こんにちは、TK企画ですけど、そろそろリフォームとかは考えてないでしょうか?」

「そうねぇ、やりたいけど高いんでしょ」

「それはちょっと分からないですけど、とりあえず見積もりだけでも出してみましょうか?」

「あ、いやそこまではまだ考えていないのでまた今度ね」

「そうですか、ではその時にはぜひ連絡ください」

名刺を渡して帰るのだが、中には名刺を受け取らない人も多かった。

「ま、気がむいた時のために名刺だけでも置いといください」

と無理やりに渡そうとして

「こんなのいらないって言ってるだろ、とっとと帰れ!」

と名刺を投げられたこともあった。
来る日も来る日も訪問して歩いていたのだが、全然手応えのある家には辿り着くことはなかった。

そんなある朝

そこはファーストフード店だった。
事業を立ち上げたと言ってもその予算があるわけではないので、事務所はなかったのである。
事務所代行という所があって、そこに電話が入ると、担当から直接の電話させるということで電話番号を聞き出し、担当の人のポケベルを鳴らして伝言を伝えてくれるのだった。

事務所がないので毎朝ファーストフード店で朝のミーティングをして営業に出かけるという流れになっていた。
その日も2人でミーティングガ始まった。

「調子はどう?」

「友達が尋ねた」

「いやぁ、予想以上に難しいね、まだ一件も見積もりが取れないよ」

「と弱音を吐くと」

「成功する唯一の方法って知っているか?」

何やら意味深な事を言い始めた。

「えっ?唯一の方法って何?」

みつおは興味をもって質問した。

「絶対に途中で諦めないこと」

「おぉ」

とてもシンプルだったが、何かが腑に落ちた。

「諦めた地点が失敗なんだよ、成功するまで諦めなければ失敗はないでしょ」

なぜだかこの単純な法則に感動してしまったのだった。

そのおかげで気分を変えて営業に励むことができた。そしてその日の夕方

「わくがわ、見積もりのアポが取れたよ」

夕方に待ち合わせをしていた場所で報告した。

「そうか、おめでとう、見積もりはいつ行く?」

「一応、スケジュール聞いてから電話することになっている」

「じゃ、あしたの午後2時に行こう」

「オッケー、電話しておくね」

この仕事をはじめて最初の見積もりのアポが取れてテンションは上がっていた。
次の日に友達と一緒にその家へ向かい、挨拶をしてから見積もりのために壁面と屋上の面積を計った。

「では後日にあらためて見積もりをお持ちしますね」

「うん、ポストに入れておいてもいいよ」

「はい、分かりました」

無論、見積もり書をポストに入れるようなことはしないが、とりあえず相手の気を楽にするために相手の言う事を否定しないようにしていた。

「いや、そんなかしこまって説明なんていらないわよ、見積もり書だけ持ってきてくれたらこちらで判断するので」

「はい、もちろんお客様の決断にお任せしますが、見積もりの内容が意味が分からないと検討のしようがないと思いますので、何にお金がいくらかかるのかを軽く説明したいので、15分ほどお時間をいただきたいのですが…」

「じゃ、明日の11時にきてちょうだい、家の事も落ち着いていると思うので」

「分かりました。では明日伺いますね」

ようやく、アポが取れた。
実はこのアポが大切なのである。
見積もり書を渡すと中身を見ないでいきねり金額だけを見るので高いと感じてしまうのである。

しかし、仕事の内容をしっかりと説明すると、そこまでやってこの金額は安いわねというふうに感じるのである。
同じ金額でも安く感じるか高く感じるか、それが腕の見せ所である。
当然その説明は社長である友達の役割りだった。

家の中に入り、応接間で見積もり書を広げて説明がはじまった。

「と言うわけで我が社ではこの材料を使って、職人が補修した後に丁寧にペンキを塗りますので、今後20年〜30年は家が長持ちしますよ」

友達の完璧な説明だったのだが

「こんめんね、今ね長男夫婦に孫が産まれて大きな出費がでたのよ、だから今すぐじゃなくて、また来年に考えますね」

「そうですか…ではまた来年よろしくお願いします」

結局その仕事は決まらなかった。
そのお客様の家を出て、車の中でしばらく沈黙が続いた。
しかし、その家の地域を出て大きな道に出た所で

「おめでとう、初仕事だね、食事して帰ろうか?」

「えっ?仕事は決まらなかったじゃないか」

「あはは、お前の初の見積もりだろ、それが初仕事だよ、この積み重ねで仕事は取れるんだよ」

「そうなの?ダメだったと思ってガッカリしてたけど」

「営業の仕事はそんな簡単じゃないよ、この地道なアポ取りの積み重ねがやがて大きな成果になるんだよ、一度アポが取れたんだから大丈夫だよ、明日からとにかく一日一件のアポを取って来たら、一ヶ月ごに大きな仕事が決まるよ」

みつおは目の前の結果に一喜一憂していたが、友達は営業の先輩なので落ち着いていた。
長いスパンで考えると、一度や二度の断りなど大した事ではないのである。

みつおは、それでいいんだと思うと肩の力が抜けて楽になった。
そして翌日からは、仕事を取るという重たい目標ではなく、とにかく一日に一件のアポを取ってくる事を目標に変えたのだった。

仕事を取るというとかなり重たいが、ダメでもとにかくアポを取るだけとなるととても気楽だった。そのおかげで、次の日から本当に一日に一件の見積もりのアポを取ることができるようになったのだった。

そして、一ヶ月後

「そうね、もうそろそろやらないといけないと思っていたからお願いするわ、いつから工事できるの?」

「ありがとうございます。とりあえず明日材料とか道具を置きにくるので、明後日から着工できますよ」

「すぐに対応してくれるのね、助かるわ、やるとなったら早い方がいいものね、じゃ、よろしくお願いね」

なぜか知らないけど、すんなり決まったのだった。あんまりにもアッサリ決まったので気が抜けた感じだったが、その帰り道に車の中で

「おぉ、初物件、おめでとう」

友達が喜んでくれた。

「ありがとうございます、これで一安心だね」

「いや、ここで安心したらダメだよ、仕事は最後に集金するまでだから、それまで毎日現場を見に来て職人とコミニケーションも取りながら、お客様が満足するように持って行くのが営業マンの仕事だからな、こじれて集金できなくなることあるから、気を抜くなよ」

「わかりました、頑張ります。社長、さすがやね落ち着いてるね」

「当たり前さ、社長としてやるからには全ての責任を負うことになるから気が抜けないよ、ま何にしても初物件はおめでたいからお祝いで飲みに行こうか」

「マジで、社長のおごりで?」

「何言ってる、出世払いに決まってるだろ、お前を出世させたら倍の請求するから、あはは」

その冗談から、かなりご機嫌なのが伝わってきた。その日は同級生として飲み明かしたのだった。

次の日から、みつおはとにかく歩き回ってアポを取ることに専念したのだった。
その決まったのはちょうど30件目のアポだったので、また30件のアポを取れば決まるんじゃないかと思ったのである。
一日に一件ではなく、二件のアポを取れば、一ヶ月に二件の着工が決まるのでは?

勝手にそう思ってアポ取りに専念したのだった。
ところが…

「おたく誠実そうだからお願いするよ、いつからできる?」

「お客様が良ければ明日からでも可能ですよ」

「そんなに早くできるの?嬉しいね、明日は誰かいないダメかな?出かけるんだけど」

「いえ、明日は道具を運ぶのと足場屋さんの下見にくるだけだから立ち会いは必要ないですよ」

「そうか、なら助かるよろしくお願いします」

何と30件目ではなく、次の一件目の見積もりで決まったのだった。

2連続で仕事が決まったのである。
感動していると

「30件に1件と言っても、30件ごととは限らないよ、30件に1件が連続することもあるさ」

「そうか、じゃ次は60件目まで無いということ?」

「お前はなんでそんなに消極的なの?30件に1件が10回連続できてもいいんじゃないの?あまり法則にこだわるな!」

「なるほど、お前は凄い積極的だな」

「そりゃそうさ、俺には秘密があるから」

「秘密って何?」

「教えたら秘密じゃないだろ、教えないから秘密なんだよ、あはは」

友達はとにかく陽気だった。

その秘密が超気になるみつおは、次の日もそれを聞き出そうと必死だった。

「分かった、そこまで言うなら教えるよ、実は…」

次の日のミーティングで凄い情報を聞き出したのだった。


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