第32話 一念発起


「おー、ちょっと電車で移動するだけでこんな安い店があるんだ」

そこは渋谷から電車で2つか3つ駅で降りた駅前で、大学が近くにあるので学生向けの安い居酒屋だった。

稼ぎが少ないみつおにとってありがたい店である。

学生向けなので通常の居酒屋より安いが、料理は通常と変わらないくらい美味しかった。

「はい、お疲れ様ー」

生ジョッキで乾杯した。

同級生の友達がいいところがあるから飲みに行こうと誘ってくれたのである。

最近は贅沢できない生活だったが、たまにはいいかと久しぶりに飲みにきて二人でサッカー部時代の話をして盛り上がっていた。

しかし、2、3杯ビールを飲んだ友達はだんだんと酔っ払ってきた。

「ところで、みつお、最近どうなのか?」

「えっ?何が?」

「何がじゃないよ、お前が一緒にビジネスやろうって言ったんだろ、ビジネス頑張っているのか?」

「最近、イマイチなんだよね、生活のこともあるし、とりあえずアルバイトで何とか首を繋いでいるよ」

「分かるよ、だから話してるんだよ、バイトバイトで、全然ビジネスの実績を上げていないじゃないのか?お前は何のために東京に出てきたんか?」

「だっからよね、何とかしないといけないとは思うんだけど、最近しっくりこないんだよね」

「だっからよじゃないよ、お前いい加減にしろよ、人を誘っておきながら全然やる気がないんじゃないか?」

「えっ、急にどうしたの?怒ってるの?」

「当たり前だよ、お前のいい加減さにうんざりしてるんだよ、もう沖縄に帰った方がいいんじゃないのか?お前には向かないよ」

酔った勢いで怒っているのかと思っていたが、どうやら逆で、怒っているから飲みに誘ったとのことだった。

普段は優しいので、酒の力を借りないとマジ怒ることができないのである。

ようやく、自分へのクレームだと気がついたみつおは、真面目に話を聞くことにした。

「そうだよな、ごめん、俺が誘っておきながら、俺がビジネスから逃げていたんだな、本当ごめん、真剣にやるよ」

「お前の言葉は信用できん、真剣にやるって言いながらまたバイトに行ったらバイトに夢中になってビジネスのこと忘れるんだろ、何でか?」

彼の怒りは治らなかった。

しばらくじっと話を聞いていたのだが

「分かった!決めた!バイト辞めるよ、背水の陣でビジネスに集中するよ、もう一回一緒に頑張ろう」

「やっとか、その言葉を待っていたよ、みつおが真剣にやれば上手くいくよ、お前は凄い事をやってるんだよ、何で弱気になるか、俺も応援するから一緒に頑張ろう!」

その同級生の友達は、みつおを叱咤激励しようと飲みに誘ってくれたのだった。

みつおはキッパリと次の日に断る覚悟を決めた。

じつはその日、バイト先の人に言われた事があった。

「金城さん、真面目だからさ、うちの社員にならない?みんなをまとめる役なんだけど、仕事が増えて管理者が足りないんだよね、考えてみてよ」

と言われていたのである。

提示してきた給料が結構良かったので、心が揺れていたのだが、友人の叱咤激励でビジネスに専念する腹が座ったのだった。

次の日に今月いっぱいで辞める事を伝えたみつおは本格的に活動するために構想を練っていた。

とにかく、初心を思い出して一からスタートするつもりでビジネスに取り組んだ。

しかし…

やる気を出したからといってすぐに上手く行くようなビジネスではなかった。

地元ならまだしも、全く知り合いのいない東京でビジネス展開するには厳しかった。

それでも頑張れば何とかなると思っていた。

みつおはバイトを辞め、本を読む時間が多くなった。
 
暇があれば本屋へ行っては、成功に関する面白い本はないかを探していた。

絶対に成功したいと思っていたのだ。
  
自己啓発系の本や成功ノウハウの本を片っ端からむさぼるように読んでいた。

とりあえず、昼過ぎには渋谷の事務所へ行き、その後適当に時間を潰す場所を探していた。
 
喫茶店とかに入るにもお金がかかるのでなるべくお金がかからないで休憩できる場所を探してそこで本を読んでいた。

109の中二階は休憩場所に最適だったが、人が多くてなかなか座る事ができなかった。

よく使っていたのが、駅構内のホームの電車待ちの休憩所である。

その日もホームの休憩所で休んでいた。

今では考えられないが、当時はホームでもタバコが吸えたのである。

ホームの休憩所で電車が来ては出発する景色をただ眺めながら、一時間近くも休憩していた。

そろそろ次に来た電車に乗ろうかと考えていた矢先だった。

「おいっ、兄ちゃん何やっとんのじゃこんなとこで」

いきなりヤバイ感じの人に声をかけられた。

「えっ?電車待ってるんですけど」

と答えると

「嘘つけ!お前30分以上もここにおるやろ、その間に何回も電車が通り過ぎとるやんけ」

「えっ?あ、すみません、ここで休憩してました」

(駅で休憩したらダメなんだろうか?しかも誰だこの怖いおっさんは?)

ムッとしたみつおだが、相手はヤクザのような怖いおっさんだったので大人しく引き下がることにした。

「すみませんでした、次の電車にのりますんで」

と来た電車で逃げようととしたのだが

「おい、兄ちゃんいいからちょっと来い」

と引っ張られた。

(えっ?ホンマもん?)

みつおは焦った。

「今日はここで大事な取り引きがあるんよ、うちの若い者がサツが張ってるってビビっているから何かと思ってきてみたら、なんやただの田舎者やないかい」

何事?    

怪しい雲行きになってきた。

「あのなぁ、お前のせいで薬の取り引きが上手く行かんかったら、お前本当に沈めるから覚悟しとけよ、ま、いいから来いや」

えーーーーーーっ?

いきなりドラマのような展開でみつおは蒼白していた。

あまりにもビビって逃げようとも思わなかった。

逃げた場合、余計に何かを怪しまれて捕まったら完全に殺されるのは確定である。

みつおは言いなりになってヤクザの後をついていった。

駅を出て路地裏へと連れていかれた。

(えっ?ここで殺されるのか?)

固まるしかなかった。

「何であんなとこで休憩してたんや?」

ヤクザの尋問が始まった。

「あ、はい、お金がなくてタダでタバコ吸える休憩所を探してたもので」

正直に答えた。

「けっ、こんなチンケなやつにビビリやがって、そんな格好で電車にも乗らんでぼーっとしとるから、うちの若い者が張り込みされとると思ってビビっとるんじゃまったく、ややこしい」

延々と説教をされていた。

みつおは訳も分からず怒られていたが、このまま殺されるのかと思うと気が気ではなかった。

おそらくヤクザの幹部であろうそのおっさんは本物のオーラを出してして、まさに蛇に睨まれたカエルのようになっていた。

テレビや映画でどんなに役者が粋がっても、この本物のオーラには敵わないだろう。

新宿の歌舞伎町でチンピラに絡まれたこともあったが、それとは比べ物にならなかった。

上京したての頃…

何も知らずに歌舞伎町のど真ん中の繁華街を歩いていた時に、呼び込みの兄ちゃんに声をかけられて無視した時に肩を引っ張られたのである。

「おい兄ちゃん、何シカトしてんだよ、嫌なら断ればれいいじゃねーか、何だその態度は?バカにしてるのか?」

えっ?東京はキャッチの呼び込みにも丁寧に断らないとダメなのか?

みつおは混乱していたが、その時は中学生の頃に不良に絡まれたみたいな感覚だった。

「あっ、すみません」

「すみませんじゃねーよ、こら!」

と絡んでくるチンピラに

「ごめんなさい、この辺初めて来て道に迷ってたから」

と言うと

「お前、うちなーんちゅか?」

いきなりなつかしー言葉が出てきた。

みつおの訛りで沖縄と分かったらしい

「あっ、はい」

すると急に親しげに話をしてきた。

「この辺は危ないよ、気をつけんと、俺も沖縄だから良かったけど、他の人間だったらお前ボコボコにされてるよ、何で?何しにここに来た?うちなーんちゅがこの辺では遊ばんほーがいいよ、危ないよ」

みつおが飲みにきたと思ったらしい

みつおは、この辺りにある沖縄の航空チケット専門店を探しにきたのだった。

でも、いちいち説明するのが面倒くさいので

「あっ、はい分かりました。この辺は来ないようにします」

「ま、がんばれよ!うちなーんちゅ!」

何か知らんが激励されたのだった。

しかし今回はその時とは全然違う緊張感である。

マジで命の危機を感じていた。

ヤクザは時計をなん度も見ながらタバコを吸っている。

あまりにも緊張してみつおはタバコを吸う余裕もなかった。

沈める?
コンクリート詰め?
東京湾?

さっきのヤクザの言葉を思い出すと、そのワードしか出てこない。

しかし、逃げようと思えば逃げ出せそうな気もするが、逃げる方が危険な気がした。

たとえ逃げ切ったとしても、いつ渋谷で鉢合わせるかわからないのだ。

いろんな妄想が出てくるが、最後は開き直るしかなかった。

どうせ成るようにしか成らん!

腹を決めた途端に気持ちは落ち着いた。

すると
 
「もう終わったやろ、兄ちゃんどこに行くつもりだったんや」

「あっ、新宿です。今度こそはすぐに電車に乗ります」

このまま助けてくれるのか?

希望のひかりが見えてきた。

一緒に駅まで向かった。

そのヤクザも改札を入ってきた。

「本当に新宿までいくんやろな」

何と解放されると思ったらそのヤクザも一緒に電車に乗り込んできたのだった。

ホッとした瞬間に再び緊張が走った。

電車で隣に並んで立ち話が始まった。

「お前はどこの出身や?」

「あっはい、沖縄です」

「沖縄から何しに出てきたんや」

何しにと聞かれたので、みつおはついついビジネスの話をしてしまった。

すると

「お前アホか?そんな上手い話があるわけないやないか?親御さんは元気なのか?」

「はい、二人とも元気です。だから早く親孝行したいと思っています」

「そんな変な商売やめてとっとと沖縄に帰れ、親を泣かすことするんじょねーよ」

「あ、はい…」

ヤクザに説教されてしまった。

「お前、家は新宿なのか?」

「いえ、新宿で乗り換えて、神奈川の秦野まで帰ります」

「秦野?お前アホやろ、秦野から渋谷まで通っているのか?ビジネスやる奴がそんな割に合わないことしてるのか?お前はやっぱりビジネスに向かんから帰れ、絶対お前みたいな奴が上手く行くわけないやろ、ビジネスも東京もお前には向かん、とっとと帰れ!」

なぜか急に怒り出した。

「あ…、はい…」

妙に理にかなっている事を言われてみつおはタジタジになっていた。

しかし、そのヤクザの怒りは治らず。

「おい、本当にお前は沖縄帰れよ、今度見かけたら本当に東京湾に沈めるからな!」

「は、はい」

さっきの緊張感が再び蘇ってきた。

新宿に着いてみつおが降りると、

「お前本当に帰れよ!」

指をさされて念を押されたのだって。

ヤクザはそのまま電車に乗ったままで、みつおはようやく解放されたのだった。

その一連の出来事を振り返り、みつおは一人でビビって、そしてホッとしたのだった。

しかし、あまりにも怖かったため、みつおはしばらく東京に近づくことを控えようと思ったのだった。


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