龍神物語④:巫女と白龍

五助たちが相州屋で手厚いもてなしを受けているころ
惣兵衛はとある屋敷へ行っていた。
都には代官などの屋敷が多々ある。
だがその台所はどこも苦しい。
相州屋は小間物問屋の他に裏で金貸しもしていた。
惣兵衛が訪れた屋敷も相州屋から金を借りているのだ。

「惣兵衛、こんな夜更けに何ごとだ。
まだ返済の期日には間があると思ったが・・・?」

この代官、名を塩口伊左衛門と言う。
伊左衛門は惣兵衛の顔を見ると
苦虫を潰したような表情を浮かべた。

「はは、いえいえ伊左衛門さま。
今日は取り立てのお話ではございません。
そうではなく、今までお貸しした金子をお返し頂かなくてもよいお話がございます。
いや、それどころか、伊左衛門様にとって
もっともっと儲かるお話を持ってきたんでございますよ。」

伊左衛門は、ほう?と身を乗り出した。

「まあ、酒でも飲んで詳しく聞かせてもらおうか。」

そうこなくては。
と惣兵衛は膝をつつ、と寄せた。

惣兵衛の話はこうだ。

この都からいくつかの山を東に越えた里に
巫女の村というところがあり
そこは巫女が龍遣いとして白龍を従えているという。
この村はたいそう白龍の恩恵を受け
とても豊かな暮らしをしているそうだ。
今まではその白龍をその村が独り占めしていたのだが
白龍を自在にあやつれる巫女を手に入れれば
そこに金儲けの匂いがする。

「ほう!白龍とな!
いやいや、それは見てみたいものだ。
してその巫女を手に入れれば白龍はこちらの思う通りに操れるのか?」

「はい、もちろんでございますよ。
なんでも巫女の言葉の通りに白龍は動くそうです。
なぁに、たかが小娘ひとりでございます。
捕らえたあと、どうとでも料理が出来ますから
ご安心ください。
白龍は天候を操る龍とのこと。
巫女に言うことを聞かせて、指示を出し
ここに大雨を降らせ、ここを日照りに。と
こちらの思惑通りに動かすことが出来れば・・・・」

「なるほど、事前に天氣がわかっているから
相州屋で買い占めをしておける。
米も、味噌も、いや、食料だけじゃなく
ありとあらゆるものが足りなくなり
お前の店が潤う。こういうことだな?」

「おっしゃる通りでございます。」
惣兵衛は伊左衛門の顔を見てニヤリと笑った。

「して、私は何をすればいい?」

「そこはもちろん伊左衛門様の武士のお力でございますよ。
巫女を捉えるにも、まずは力がなければなりません。
そして都合の良い事に、巫女と白龍は今、タカの村にいるそうでございます。
巫女の村よりもタカの村の方がこちらから向うのに近いのですよ。」

惣兵衛は伊左衛門の杯に酒を注ぎながら
上目遣いで見上げた。

「ふむ。そういうことか。
して、先ほどの話の通り、これまで借りた金は返さなくても良い。
この通りだな?」

「もちろんでございます。
そして思惑通りに金が入ってきたら
お上には報告しなくてよい
伊左衛門様の懐に入るお金が・・・」

「うむ!うむ!それは良いな!
さあ惣兵衛、もっと飲め。
今宵はその話を先まで詰めようぞ。」

元から強欲なふたりである。
お互いを信用しているわけではないが
こと金儲けに関することには息がぴったりと合うのだ。

惣兵衛は店で雇い入れている行商人から
金儲けの匂いのする話を仕入れると
これまでも阿漕な商売で店を大きくしていった。
行商人もそれを知りつつ
小間物を売り上げるだけでなく
情報提供の報酬目当てに話を持ってくるのであった。

夜も更け、惣兵衛は上機嫌で家に戻ると
これから先の金の匂いに笑いが止まらなくなっている。

翌朝、朝食の席で惣兵衛は五助たち四人を前に
今後の話を進める。

「相州屋さん。何から何までお世話になりまして
本当にありがとうごぜぇます。」
口々にそういうと
人の良さそうな笑顔を浮かべて惣兵衛は手を振った。

「いやいや、どうということはありませんよ。
それより五助さん、たろ助さん、げん太さん、与次郎さん。
これからどうなさるおつもりで?」

惣兵衛の言葉に四人は顔を見合わせて
「そのことなんですがね。
俺らはもう村へは戻らねぇつもりなんです。
ですから、こちらで働かせて頂くわけにはいかねぇですかね?」

惣兵衛は、ふうむ。と思案する顔をしてみせ

「あいにく私どもの店はもう手が足りておりますでなあ。
しかし、私の口利きで良い働き口を見つけて差し上げることも出来ますよ。」

「えっ!本当ですかい!いやあそれはありがたい。
助かります!」

四人は互いに手を取り合って喜んだ。

その姿を見て惣兵衛はニヤリと口元に笑みを浮かべた。

「その川向こうの代官町に、私と懇意にしているお屋敷があります。
そこで下働きをするものを探していると
先日、相談を受けたばかりでしてなあ。
あなた方は運がいい。さっそくそのお屋敷に使いをだして
あなた方を紹介させていただきましょう。」

もちろんそんな話は嘘だ。
昨夜、伊左衛門との密談の中で
五助たち四人を案内役として雇い入れ
タカの村への案内が終わったあと
口封じに殺してしまえばいい。
そう算段を付けていたところだった。

喜んでいる四人を見ながら
(上手い具合に話が進んできおった。
くくく・・・あとは首尾良く巫女を手に入れれば・・・)
そうほくそ笑んだ。

翌日、惣兵衛は五助たち四人を連れ立って
伊左衛門の屋敷を訪れた。

伊左衛門は事前の打ち合わせ通りに座敷へ通した。

「お前たちが惣兵衛の口利きで働き口を探しているものたちだな。
ああ、そう固くならずともよい。」

座敷の隅で小さくなっている四人は
へへぇーーー!と畳に頭を付けた。

惣兵衛と伊左衛門は
互いに目配せをして頷きあった。

「伊左衛門様、このものたちは巫女の村というところからやってきた者たちでして。
とても面白い話を聞かせてくれたのですよ。」
「ほほう?巫女の村とな。して面白い話とはどんなものなのだ。」

惣兵衛は予め打ち合わせした通りの話を伊左衛門にした。
巫女が白龍とともに村に住み
それはそれはとても美しい龍なのだと。

捕らえる話など微塵も出してはいない。

「ほうー!それは素晴らしいな。
いやなに、私も龍のことは知っているが
見たことはない。
そんなに美しい白龍がいるなら
一目この目で見てみたいものだ。
お前たち、その村に案内してくれ。」

そこに惣兵衛。

「伊左衛門様。この者たちの話によると
巫女と白龍は今はもうタカの村へ移動しているとのことなので
まずはタカの村へ案内してもらいましょう。」

生れて初めて訪れた代官屋敷に
生れて初めて会った代官様。
五助たちはもうそれだけで萎縮してしまい
ただ、へぇ、へぇ、わかりました。
と頷くだけであった。


数日後、五助たち四人は伊左衛門とその家来
そして惣兵衛を連れ立って山を歩いていった。
伊左衛門は馬に、惣兵衛は駕籠に乗り
五助たちは先頭を努めた。

やがてタカの村の近くに到着した。

「お代官さま。相州屋さん。
あの山の下に見えるのがタカの村でごぜぇます。」

意氣揚々と告げる五助たち。
伊左衛門は頷き

「そうか。お前たち、よくやった。
褒美を取らそう。」

そういうと家来たちに目配せをする。
そのとたん家来たちは刀を抜き
エイヤッと振り下ろした。

ぎゃあーーーーー!!

家来の近くにいた与次郎が
肩口からバッサリと斬られた。

ひいいーーー!

後ずさる五助、たろ助、げん太。

「た、助けてくれえええーーー!!」

その場から一目散で逃げる。
が後ろではまた一人誰かが斬られた悲鳴が聞こえた。
だがそんなことに構っているヒマはない。
必死になって山を駆け下りる。

なんとかタカの村に逃げ込まなければ!

山道に慣れている五助たちである。
都しか知らない家来たちは
なかなか前に進めず、五助たちとだんだん距離が離れていった。

ドサッ・・・!

五助の後ろで誰かが倒れた。
「五助、た、助けてくれ!」
たろ助の声だった。
だが助けに戻れば自分も斬られるのが分かっている。
五助は後ろを振り返ることもせず走っていく。

ぎゃーーー!!

たろ助の悲鳴が聞こえた。

必死に走り、タカの村の入口に来た。
もう足がもつれてガクガクとしていた。
誰か・・・誰か・・・助けてくれ・・・・!!





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