『龍と私と彼女の話 その13』

目が覚めるとまだ薄暗く日の出前の時間のようだった。


沙織はまだ寝ている。
どうしよう。
起こして一緒に温泉に入りにいこうか?
と思ったけど
そのまま寝かせておこう。
私はそっと部屋を出て
まだ誰も入っていない露天風呂に
ひとり優雅に浸っていた。



昨日のことが
まるで夢のように感じられる。
いや、夢じゃないのはわかってるけど
まさか私にこんなことが起きるなんて
一ヶ月前には想像もしていなかった。



湯の中から右手を出して伸ばしてみる。


私の右腕に朱金(あかがね)が
いまもいるんだよなあ。
昨日の朱金、すごかったなあ~。



使い方が分からない。と思っていたけど
身体が勝手に動いてた感じ。

頭で考えるよりも
感じたこと全てが大事。

って前に沙織が言ってたけど
本当にその通りだと思う。

って、今考えても
あんなことが自然に出来た自分のことも
本当に不思議だって思う。



すると右腕から剣がするりと現われた。
「えっ?!うええ?!」


朱金は剣の姿から
龍の姿に戻っている。


「朱金?なんで出て来たの?」


『なぜって、お前が呼んだからだろう』

「いやいや、呼んでないって(汗)
ただ、いるんだな~って
右腕を見てただけだよ」

『そうか。ま、私も温泉に入りたかったしな。
ちょうどいいではないか』


そういうと朱金は
龍の姿のまま
私の隣で温泉に浸かり始めた。


「えーーー!龍も温泉に入るの?」

朱金はニヤリと笑って

『龍は契約者と似た嗜好になる。
琴音が温泉が好きなら
私も温泉が好きだ。ということだな』



ま、マジか。そういうものなのか。

「でも、人が入ってきたらどうするの?
見つかったらヤバいんじゃないの?」

私がそう心配して聞くと

『お前以外の人間には視えないのだから大丈夫だ』

そう朱金が言ったとたん



「ぎゃー!龍がいるーーー!」



私はびっくりして振り返った。
沙織がそこにいた。


『訂正しよう。お前の他に沙織も入れるのを忘れた』




私たち人間ふたりと龍一匹・・・いや
一柱というのか。
温泉を堪能して
朝食会場へ向った。
朝食はお部屋食ではなく
バイキング形式になっているのだ。



私は美味しそうなオムレツとロールパンと
コーンスープ、それにヨーグルトにフルーツをたっぷり入れて
テーブルに着いた。
沙織は和食を選んだようだ。

「ん?鰺の開きなんてあったの?」

「ふふふ。琴音にしては甘かったわね。
炭火焼き、焼きたてがあったわよ」

「なんだって!くっそー!チェックしてなかった!」

「まあ明日もあるし、いいじゃん」

「そうだけど~。あー鰺の開き、美味しそう~」

賑やかな朝食が始まった。



「さて、今日の予定だけど」

「うんうん。どこいく~?」

「まずは諏訪大社上社本宮へ行くわよ。
昨日のお礼と報告をしないといけないしね」

「あ、そうか。忘れてた」

「んもうしっかりしてよー。
そういうことが大事だよって
あれほど言ったじゃない」

「なんか疲れててすっかり忘れてたのよ。ごめん~」

「んでそのあとは下社の秋宮と春宮へ行くわ。」

「諏訪大社ってそんなに色々あるの?」

「うん。諏訪湖をぐるっと護るように配置されてるのよ」

「どんなところなのか楽しみだわ~」


朝食を食べ終わってから
私たちはすぐにホテルを出て
諏訪大社上社本宮へ向った。
今日は社務所の開く時間帯に行ったので
一般の参拝客も多くいる。



昨日と同じように参拝所へ向い
参拝の作法をする。
すると諏訪の大神さまが現われた。



『昨日は大義であったな。
よう頑張った。
あれも無事に龍の国に戻ったようだぞ。』

「いえ、こちらこそありがとうございました。
M神社の大神さまにもご助力を賜りましたおかげさまで
無事に任務を遂行することが出来ました。
本日はそのお礼とご報告にあがりました」


諏訪の大神さまはうんうんと頷きながら
私たちふたりを微笑んで見つめている。


「これから下社の秋宮と春宮へも参拝するつもりです。
今日は観光氣分を楽しませていただこうかと」


そういうと大神さまは


『そうか。秋宮と春宮へ、な。』


ん?なんだか含みのある言い方が
妙に氣になるんだけど。



「あの・・・秋宮と春宮でなにかあるんですか?」

私は疑問を口にした。


大神さまは私を見て

『何かある。のかと聞かれれば
ある。ともいえるし、ない。とも言える』

と答えた。


えー?何だか嫌な予感がする~(汗)



沙織はそんな私を見かねてさらに質問をした。


「観光を楽しむ。って感じじゃなくなりそうってことですか?」


『いや、観光でよかろう。氣持ちさえあればよいからな。
下社にはそれぞれ私の妻が祀られているのだ。
ちょっと氣性が激しいというか。
いや可愛いやつではあるのだが
氣が強くて・・・』



おや?諏訪の大神さま、もしかして尻に敷かれているの?
なんて不謹慎な想像をしてみる(笑)




「あ、はい。なるべく無礼のないように参拝しますから。
そして昨日のことも大神さまにご助力いただけたことも
ちゃんとご報告させて頂きますので」


諏訪の大神さまは腕を組んで
チラッとこちらを見て

『そうか?そうしてくれるとありがたい。
まだ今年は御神渡が終わったばかりだから
しばらく逢えぬ故な。』



私たちはニッコリと微笑んで
では、失礼します。
と本宮を後にした。



「ねぇねぇ。諏訪の大神さまも
奥様のことは怖いのかしらね?」

私は沙織に聞いてみた。

「にやにやしないの(笑)
神さま界にも色々あるんでしょ?」

「ふふっ。人間の男の人となんら変わりない感じがして
なんか可愛かったなあ~」

「人間も神さまも、さほど変りはないって
M神社の大神さまもおっしゃってたでしょ。
完璧、完全、万能なのが神さまじゃないってことなのよ」

「なるほどね~。
でも氣が強い女神さまってちょっと緊張する。
嫉妬されたりとかしたらどうしよう?」

「氣が強いってのはあくまでも諏訪の大神さまが思うことでしょ。
本来は奥ゆかしい女神だって調べたら書いてあったわよ。」

「へぇー!先入観とか持ってたら危ないところだったわ。
まっさらで行こうっと」




本宮から車を走らせて20分ほどで
私たちは秋宮へ着いた。
本宮とはまた違う大きな注連縄の拝殿がひときわ目を引いた。
さらにその奥の神明造りの建物は宝殿になっている。



なんと美しい造りなのだろう。
昔の人ってこういうの平氣で造っちゃったって
すごいなあ~!



そう言いながら美しい社殿を見つめていると

「あれ?いないな・・・」

「え?」

「諏訪の大神さまの奥様。
こちらにいないみたい。」

「どういうこと?」



すると後ろから団体客がやってきて
ガイドさんが話す秋宮の説明が聞こえて来た。


「ということで、いまの時期
こちらに八坂刀売神さまはいらっしゃらず
春宮におわすのです。」



私と沙織は顔を見合わせて



「「そっちか!」」



というかこのタイミングでその説明を聞くって
なんていうか凄い。


「これも大神さまのご配慮だよ、きっと。
教えてくれたんだね。」

「そうか~。っていうなら
あの時言ってくれても良かったんじゃ?」

「いや、秋宮を見せたかったんじゃないかな。
ここ、すごく荘厳で素晴らしかったでしょ?
春宮も素晴らしいって言うし。
妻の住まいが美しいのを自慢したかったんじゃないの?」

「なーんだ。のろけかーい!」

「そゆこと(笑)」



私たちは大神自慢(?)の秋宮をしっかり堪能して
春宮へ向った。




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