『龍と私の彼女の話 その8』
「琴音、これからロープウェイに乗るわよ」
沙織はいったん駐車場へ戻り
車に荷物を置いて
ロープウェイ乗り場へ向った。
たしかこの山の上には箱根元宮神社があるって言ってたっけ。
でもなんで?
「さっき、芦ノ湖で龍神さまがやってきて
ちょっと頼まれごとをしたんだけど
そのために上の神さまにお伺いしたいことがあるのよ」
そういえば九頭龍神社本宮へ向うとき
芦ノ湖の主が来たって言ってたよね。
いったいどんな用事だったの?
と聞きたかったけど
ロープウェイはタイミングよく
私たちが到着したらやってきた。
他の観光客もいるから
車内ではあまりそういう話は出来ない。
ちょっと恥ずかしいし。
よいお天氣だからか
ロープウェイからの眺めは最高だった。
芦ノ湖が見え、富士山が見えて
こんな素敵な景色なら
紅葉とかの季節には
もっと観光客が来るんだろうなあ。
ほどなくロープウェイが山頂に到着して
私たちは元宮へ向った。
小高い丘の上に建つ元宮は
青空を背負っているように見えて
なんだか不思議な感じがした。
登る途中にいくつか祠があって
沙織はそのたびにお辞儀をして通っていった。
私もそれにならってお辞儀をする。
元宮に着いてお詣りをすませると
沙織は外に出て観光客から少し離れた場所で立ち止まった。
「社の中でお伺いすると
他の参拝客に迷惑だから
外で聞いてみるね」
元宮の拝殿は狭いので
いつまでも人が陣取っていたら
他の人の迷惑になる。
そうか、そういう事も氣をつけないといけないんだな。
沙織は手を合わせてじっと眼を閉じている。
すると強い風がブワッと吹いて来て
周りの空氣が一変したのが私にもわかった。
「箱根の大神さまがいらしたわ。」
え、どこに?というか
龍は視えても神さまは視えないのかな。
「琴音にも分かりやすいように
視えるようにするから
私の肩に手を置いて」
う、うん。
私は緊張しながら、沙織の肩に手を置いた。
すると
元宮の社殿の上に
大きな、大きな人が座っている。
「うわ!本当に視えた!」
びっくりする私をスルーして
沙織は箱根の大神さまと話し出した。
『芦ノ湖の主から頼まれごとをしたようだな。』
「はい。西の方の龍神さまの手伝いをお願いされました。」
『ふむ。諏訪湖の龍神か』
沙織はコクリとうなづく
「ですが、詳細が分からなかったし
諏訪湖の龍神さまとは初対面ですので
大神さまにお力添えいただけたらと思います」
ふと私は不思議に思ったのは
神さまって実体がないから
どこでも行けるんじゃないの?
わざわざ人間に頼まなくても
龍神同士で出来るんじゃないのかな。
沙織はそんな私の考えを読み取ったのか
「不思議に思うかも知れないけど
それはあとで説明してあげるね」
とニッコリ笑った。
『して。私にどんな力添えを求めているのだ?』
「はい。諏訪湖の龍神さまの近くで
封印されている龍がいるのだと言われました。
芦ノ湖の主が諏訪の龍神さまから助けを求められたのだとか。
だけど私の勘ですが
なにか武器のようなものが必要なのじゃないかと思うのです」
『ほう。武器とな。』
「はい。おそらく剣のようなものかと」
箱根の大神さまは
私を見ると
『その者に必要だな』
「「えっ?!」」
沙織と私は同時に声を上げた。
すると九頭龍神社本宮に現われた私の(?)龍が
大神さまのそばにやってきた。
そしてみるみるうちに
龍は剣に姿を変えて
大神さまの手に収まった。
『お前の龍はこれから
お前の剣として共にいることになる。
この剣は悪しきものを斬り
地を清め、よき氣を流してくれるだろう』
そういうと剣は私の方に飛んで来て
すうっと私の右腕に収まった。
「えっ!剣が私の腕に入っちゃった!」
『必要なときに剣は現われ
それ以外では腕に収まっているようになる。
念じてみよ』
「あ、はい。えーっと・・・」
私は右腕から剣が出てくるイメージをした
するとあっという間に
剣は私の手に握られた。
その剣はもちろん実体はないのだけど
なぜか陽の光に輝いているように
キラキラと光を放っていて
とても美しいものだった。
「あの、これをどうやって使えばいいのですか?」
私はおそるおそる聞いてみた。
『その時がくればわかる』
えー(汗)
だって剣を使うなんてやったことないのに
使い方くらい教えてくれたらいいのに。
と思ったけど聞くに聞けない。
『ふむ。そうか。まだ龍に名前を付けておらんのだな。
付けてみよ』
「えっ!龍って名前をつけるものなんですか?」
『名前をつけることで契約となる。
これからの旅にその剣は重要な役目をするだろう。』
ずっとそばにいたけど
契約となるとまた別の話になるのか。
私は剣を握りしめ
じっと目を閉じて名前を考えた。
ふっと頭に浮かんだ文字がある
”朱金”
「あかがね・・・」
そのとたん剣がビリビリと振動を始め
『そうだ。私が朱金(あかがね)だ。』
うっわ!剣が答えた!
っていうか龍が答えたんだった。
その振動は私の身体全体を揺さぶるように伝わり
その剣(龍)がどんなことが出来るのかが
瞬時に頭の中に入ってきた。
ダウンロードされた感じ。
「うわ・・・・あの・・・・
なんかこれで良いっていうか。
良いんですよね?」
それまで私たちのやり取りを見守っていた沙織が
「琴音のその感覚が全てよ。」
と私に向き合った。
そういえばいつの間にか
沙織の肩に手を置かなくても
大神の姿も視えているようになってる。
「箱根の大神さま。ありがとうございます。
諏訪湖へは急ぎで行った方が良いのですよね?」
『そうだ。封じられた龍の力がどんどん弱っている。
諏訪湖の龍神の力だけでは
もう守れそうもない』
「わかりました。琴音と二人で早急に諏訪湖へまいります」
そういうと箱根の大神さまは
『頼んだぞ』という言葉を残して
すっと消えていった。
「沙織・・・諏訪湖って長野のだよね?
早急っていつ行くの?」
もしもこのまま行くって言われたら
それもちょっと困る。
繁忙期は終わったとはいえ
仕事は山盛りに残っているのだ。
しかも今日は突然休んでしまったし。
「大丈夫!早急と言っても
あちらの世界とこちらの世界の時間軸は違うの。
ちょっと一休みというのが100年なんて
ざらにあるのよ(笑)」
「えー!100年が一休み?!
スケールが違う!」
「もうすぐ連休があるでしょ?
その時に長野へいくようにすればいいわよ。
一泊、いや、二泊必要かな。
温泉がいいわよね?」
「はい。お任せします(笑)」
こういうことは
旅慣れた沙織に任せた方がいい。
私はその日までに自分の仕事を
きっちり済ませておくことにした。
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