冬にまつわるエトセトラ

ここ数日、一気に寒くなったように思う。いや、気のせいでも何でもなく、普通に一気に寒くなった。足早に秋は過ぎゆき、また冬がやってくるのだ。冬は寒いので時々嫌な気持ちになるが、そんなに嫌いでもない。冬にまつわるあれやこれやをつらつらと書いてみることにしよう。

清少納言は『枕草子』で、『冬は早朝…』と書いた。とてもよく分かる。冬の早朝、まだ暗いぐらいの時間に外に出た瞬間の、寒さにキュッとなる感じは悪くないなと思う。1000年も前の人が書いた人の感性を、今も変わらず共感出来るというのは凄いことだなと思う。

僕は手触りフェチのようなところがある。冬、モコモコと柔らかあったかそうな服を着ている人を見ると、ついつい触りたくなってしまう。当然そんなことをしたらセクハラになってしまうので基本的には我慢をするわけだが、触ってもいいくらい親密な関係の相手に関しては触らせていただくこともある。寒さに冷えた手で触れる、モコモコと柔らかあったかい服の手触りは格別なものがある。洋服屋さんでも、手触りの良さそうな服に関してはついつい触ってしまう。しかし誰かが着た服に触れた時に、服越しに伝わる身体のあったかみには敵わないよね。

地元の香川県では冬でもほとんど雪は降らなかった。多少降ったとしても積もることなんかはほぼなかった。東京に出てきてから、年に1、2回はそれなりに雪が降ってそれなりに積もっているように思う。もうこっちに出てきて20年以上になるが、今だに雪が積もるとワクワクした気持ちになる。たぶんこれはもう一生そうなのだろう。

冬の布団ほど気持ちのいいものはない。冷たかった布団の中がだんだん暖かくなって、幸せな世界が出来上がってゆく喜び。最初は小さく丸めまって潜り込んでいた体を少しずつ伸ばして、冷たい領地を開墾して暖かくしてゆくのも楽しい。布団の中が暖まって暑くなりすぎると、足先をぴょこんと布団から出して放熱して温度調節をするのも楽しい。そういえば、ステゴサウルスの背中にある板のような骨は、身を守るためではなく体温調節のための放熱板だという説があるようだ。布団にくるまって温度調節をしながら、はるか太古の昔の恐竜に思いを馳せるのも面白いものだ。

キンと冷えた夜道を歩きながら、白い吐息がふんわりと空気に漂っては消えるのを見るのが好きだ。吐く息が白く見えるのが楽しくてはぁーっと息を吐いては笑っていた子供の頃から、僕は基本的には何一つ変わっていない。

まだ幼稚園に上がる前だったと思う。ストーブがあったかいなぁと思って、石油ストーブの頭にポンと手を置いて、右手の指先を3本やけどしたことがある。人差し指と中指と薬指、ちょうど指紋のあるところに3本とも水ぶくれが出来てしばらく不便をしたのを覚えている。あの時のやけどで、僕はストーブが熱くて怖いものだということを学んだ…はずだったが、小学生ぐらいの時に、今度はストーブに向けておならをしたら燃えるかなと思って実験をしようとして、目測を誤っておしりをストーブに近づけ過ぎておしりにやけどを負った。男の子というものはおバカなものである。

エアコンに弱くて、特に暖房はすぐに喉がやられてしまうから滅多に使わない。従って部屋はとても寒い。冬場にシャワーを浴びて、寒い寒いってなりながら身体を拭くのは何だかひとりで罰ゲームをやらされているみたいで時々楽しくなってしまうことがある。寒いんだよチクショウめとキレてしまうこともあるけれど。

寒い日、モコモコと着込んで家を出て、電車やお店の中で暑くなって少し汗ばんたりして、堪らずマフラーを外した時に首もとから冷たい空気がヒュッと入ってくる感じはとても好きだ。

…まだまだ冬の入り口に差し掛かったばかり、これからどんどん冬になっていきますね。寒くて時々嫌な気持ちにはなるけれど、今年もまた冬の好きなところを新たに見つけられるといいなと思っております。

よろしければサポートいただけると、とてもとても励みになります。よろしくお願いします。