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かみの御名

美容院の前を通り掛かった時に、『デジタルパーマ2000円引!』という張り紙が目に入った。デジタルパーマ、名前は聞いたことがあるがそれがどんなものなのかをよく知らない。デジタルパーマだけじゃない、僕は余りにも髪の毛にまつわる名前を知らないなと気付いた。

30になる頃にはおデコが広くなり始め、坊主頭にするようになってからももう15年になる。そうこうしているうちに全体的に頭はすっかり薄くなって現在に至る。在りし日にはそれなりに髪の毛を伸ばしていたこともあったが、それでも自分がやったことがある髪型は数種類、名前を羅列したところで片手で足りるくらいだ。髪を染めたのだって一度だけ。パーマなんてやったこともない。髪型の名前、パーマの名前、髪の切り方、シャンプーリンスの種類に至るまで、髪の毛に関するあらゆることを知らなすぎる。

どうせ手が届かぬものだからと意図的に情報を遠ざけていたのかもしれない。大学進学なんか許されない貧乏な家に生まれた少年が、どうせ行けない大学のことを調べたら辛くなってしまうように。お互い家庭があるのに道ならぬ不倫の恋の只中にいる男女が二人結ばれる未来を想像して枕を濡らすように。髪の毛を持たぬ故に、髪の毛の情報をシャットダウンすることを選んだのかもしれない。デジタルパーマというものがどんなパーマだったとしても、もう今の自分には縁のないものなのだから。

あぁ僕だって、髪の毛さえあればデジタルパーマなるものをかけてみたかった。前髪を遊ばせたり、ドライヤーが面倒くさいんだよと言いながらロン毛にしてみたり、インナーカラーを入れてみたりしたかった。大学に進学して合コンに行ったりしたかったし、妻子も何もかも捨てて君と一緒になりたかった。でもそれは叶わぬ夢なのだ。かみの御名さえ知らないままに、私はこのまま老いてゆくのだろう。かみは死んだ。荒れ果てた不毛の大地に私は、芽を出さぬ種を植え続けよう。

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うえぽん
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