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ラブの線

親譲りの惚れっぽい性格で子供の頃から恋ばかりしている。大学に居る時分、同時期に同じサークルの二人に手を出して修羅場になって肝を冷やしたことがある。何故そんな無闇をしたと聞く人があるやも知れぬ。別段深い理由でもない。ただ二人の人を同時に好きになって、たまたま同時期に手を出せそうな折があったから手を出した。それだけなのだ。

とは言え俺も歳を重ね、いつまでもこんな風に人を好きになってばかりもいられぬと、同級生の一人に相談をした。こいつは他人の馬鹿を笑わぬ男だ。腕組みをしてふむふむと俺の話を最後まで聞いて、男は言った。「一口に好きと言ってもお前の中でだって順位があるだろう。一般的にはその順位の中で一番のものだけを好きと定めるものなのだ。お前は学生の時分英語が得意だったろう。loveとlikeの線引きをするのだ。何でもかんでも一緒くたに好きだとしてしまうから良くないのだ」なるほどこれは馬鹿な俺にも得心がいった。持つべきものは利口な友人だ。俺はありがとうそうしてみると言って、彼の分の珈琲代も払って帰った。

部屋に帰り着くと、俺は独り座って静かに目を閉じ黙考した。頭の中をぐるぐると好きな人たちが巡る。それをひとりひとり掴んでは、順番に並べ変えてゆく。こいつは顔が好きだ、こいつはいい身体つきをしている、こいつは一緒にいて気を遣わなくてよい、こいつは枕の相性がいい。一口に好きと言っても、なるほど確かに友人の言うように様々な好きがあるものだ。よくよく考えるとこれは端からloveではなくlikeだったなという好きもあった。しかし大抵はどちらかというとloveではある。だがそうも言ってはいられぬのだ。この中から一人だけをloveだと決めて、その他大勢との間に越えられぬ線を引かねばならぬのだ。さながらマラソンのように先頭グループとそうでないグループについては容易に分けられた。だが首位争いについては熾烈を極めた。皆それぞれ良い所のあるいい女ばかりだ。ああでもないこうでもないと思うたび、目まぐるしく順位が入れ替わる。それでも決めねばならない。それは誰よりも俺自身のこの先の未来の為なのだ。ぐっと眼に皺を寄せ、ええいままよと線を引いた。それは大変な決断であった。しかしその甲斐もあって、俺の愛する人はゆき子と決まった。ゆき子以外はloveではなくlikeだ。そう決めた。

これまで悩んでいたのが嘘のように心が晴れやかだった。心に一本線を引いただけでこんなにも違うものなのか。あの日は珈琲代を持っただけで帰ってしまったが、友人には今度改めて酒でも奢ってやらねばならぬ。あれからすぐにゆき子に連絡をして、これからゆき子と二人で会う。俺はまるでゆき子と初めてデートをした日のように心踊らせていた。そうか、これが唯一人を好きでいるということなのか。そんな俺に会うなりゆき子は、好きな人が出来たから別れて欲しいと言い放った。なんと言うことだ。唯一のloveだと決めた途端にそれを失い俺は途方に暮れた。と同時に俺の心の中で、天下人になり損なったlikeたちが再び立ち上がって愛の御旗を掲げ、loveの線を越えるべく進軍を始めた。loveの戦国時代がまた、始まる。

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