忍者の末裔・イン・ラブ
俺の先祖は戦国時代から続く伊賀忍者の家系だった。俺自身は正式に忍者の修行をしたわけではないが、例えば足音を立てずに歩くとか、食事は素早く済ませるだとか、我が家では当たり前にやっていたことが普通の家ではそうではないことに長らく気づかないまま大きくなった。
大学生になって上京して通い始めた東京の郊外のキャンパスで、俺と同じく全く足音を立てずに歩く女性を見つけた時には随分と驚いたものだ。それがノブコだった。ノブコは甲賀忍者の家系だった。学科こそ違ったが、同じような境遇で育った2人が同じ大学、同じ学年で一緒になるという奇跡。俺たちはたちまち惹かれ合い、程なくして交際するに至った。
デートも忍者らしく、俺たちは人目を忍んで会った。講義も終わって誰もいなくなった大学のグラウンドに忍び込んだり、テーマパークの人混みの間を縫って素早く駆け抜けたり、井の頭公園でスワンボートに乗ったのは、何だか水蜘蛛の術みたいで楽しかった。初めて結ばれた夜のことも忘れられない。優しくキスを交わして彼女をベッドに押し倒すと、照れた彼女は身代わりの術を使って丸太に替わっていた。あまりにも鮮やかな身代わりの術。俺はますますノブコのことが好きになった。
本家のばあちゃんは今年で98歳になる。ばあちゃんに会うたび、「お前は私が見てきた中でもピカイチに忍者の素質があるよ。世が世なら立派な忍者になったろうにねぇ…」と言われてきた。正直自分でもそう思う。だがノブコは、そんな俺以上に完璧な才能を持った素晴らしい忍者だった。俺は同じ忍者として誰よりもノブコを尊敬しているし、同時に一人の女性としてノブコを心の底から愛している。
真っ暗な中を手探りで進む体験型イベントの途中で、俺はノブコに結婚を申し込んだ。唐突なプロポーズにノブコは一瞬目を見開いて驚いた様子だったが、すぐに平静を取り戻して、「よろしくお願いします」と応えてくれた。ノブコは頬を赤らめて少し涙も浮かべていた。幾多の奇跡が重なって出会えた運命の人。俺はノブコを一生大切にしようと思っている。