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ファストライブス【BFC6応募作】

「ライフムービーのプランですが、五分コースと十分コース、どちらになさいますか」
 病室で無数のケーブルに繋がれながら、私の視線は、スーツ姿の男の薄ら笑いに釘付けになった。人間らしい温かみが欠片も感じられない表情は、ロイドレン――アンドロイドに育てられた人々――に特有のものだ。
「おかしいな。聴覚は生きてるって聞いてたんだけど」
 ――聞こえてるよ。
「なんだ。だったら返事してくださいよ」
 ――もっと長いコースはないのか?
「ありますが……そんなに必要ですか?」
 値踏みするような視線。薄ら笑いの口元がわずかに震えている。皮肉のつもりなのかもしれないが、気味の悪さが先に立って、頭に来ることもできない。葬告屋の仕事には向いているのかもしれないが。
 ラプラス・システムが弾き出した私の命の残量は、七日と八時間と十一分。三百年以上前の数学者が召喚した悪魔は、クラウドの中に幽閉されていて、人々の死期を正確に弾き出す。おかげで、プロメテウスよろしく、ケーブルで自由を奪われ、医者から内臓を啄まれる前に、仕事も財産も始末をつけられた。
 あとは、命日イブのムービー準備だけ。一人で作業するのが億劫で、葬告屋を雇った。
「十分だって、相当な長さですよ」
 ――私の八十七年は、そんなに軽くない。
「いやいや。イブって言ったって、葬式は葬式。人の葬式って、眠くなるんですよね。ライフムービー流してんのに船漕いでるとか、レテ川じゃあるまいし」
 無表情の含み笑いという、ロイドレンならではの矛盾した表情を見ながら、父親の葬儀のことを思い出した。母親が作り込んだライフムービーは、全三部構成、エンドロールまで含めると八時間五十九分にわたる超大作で、オールナイト上映と化した告別式は、夜明けを迎える頃には、別の意味でお通夜と化していた。
「その記憶は使いませんよ」
 私を縛るケーブルの一本を、自分の後頭部に挿しながら葬告屋が言った。これで、嫌味も筒抜けになるというわけだ。
 とはいえ、頭の中の連想は止まらない。そのまま、三年後の母の葬儀がフラッシュバックする。ラプラスの悪魔が活躍し始めるのはもっと先の話で、ライフムービーは母の死後、喪主の私が作成した。
 全六部、十三時間十七分に付き合えた参列者はいない。分かっていたから、母の遺志を存分に織り込んだ。母には母の人生があった。私が生まれる前の人生があり、父に出会う前の人生があった。家族ができてからも、職場でのキャリアがあり、胸に秘めたままのロマンスもあった。母が父の人生を尊重したのと同じやり方で、私も母を送りたかった。
「編集作業始めますよ」
 葬告屋の頭の中の拡張別室アネックスに、ケーブルを通じて招待された。AR慣れしていない私は、目を閉じてリアルを遮断する。脳の深層で圧縮されていた記憶が次々に解凍され、いくつかの記憶が繋ぎ合わされていく――
 小さな私が幼稚園の先生に抱きしめられて泣いている。足元にはビリビリに破かれた画用紙が散らばっている。周囲の様子は、前後のデータから補完されたのだろう。
 ――まったく覚えていない。何があった?
「それは重要ではありません」
 葬告屋が映像をズームすると、画用紙片の中に真っ赤に染まった紙が一つ混じっている。薄い紙だ。これを隠そうとして、画用紙をばらまいたのだろうか。
 時間が跳躍する。赤のイメージが画面全体を覆い、フレームの外から声が飛び込む。「頭、血ぃ出てんで」動かないはずの手を頭にやると、指先がぬるりと滑った。これは、小三の記憶のはずだ。
 葬告屋は人間業とは思えない手際で解凍と編集を進めていく。
 いつも遊んでいた公園にいたやくざ風の男が、腹から血を流していた。母親と二人きり、大学受験の合格祝いのステーキは生焼けだった。ダンスサークルの練習後に同乗した救急車の救命士がウインクしてきた。履歴書を見た面接官が、小さく舌打ちした。取引先の受付に座っている年嵩の男性が、別の会社の専務だった。視線を逸らすと、企業のロゴに真っ赤なスラッシュが入っていた。
 次々に集積される断片は、まるでランダムサンプリングによるアートフィルムだ。
 ――これがライフムービー?
「あなたはどうして、母親のムービーを長大な作品として編集したんですか」
 連想の波が戻ってくる。母のSNSで亡くなったことを報告したら、好き勝手コメントする男が何人もいた。かつての同僚らしかった。母の人生は酒の肴じゃない。気が付くと、いくつものプロットが交錯する複雑な筋書きが生まれていた。
 そう。あのムービーも母の人生の物語ではない。あれは、母を祝福するサーガだ。
「葬告屋の仕事も同じです。あなたの人生を、解釈の暴力から守ります」
 ――私の死を物語化して、人々に告げる仕事じゃないのか。
「違いますよ。あなたの死をあの世へ告げるのが仕事です。さしずめ、アケローンの渡し守といったところでしょうか」
 目を開けると、拡張別室アネックスに葬告屋の笑みが重なる。それは、アルカイック・スマイルだった。
 ロイドレンの背後に、菩薩のごとき笑みを浮かべた何者かの姿が見えた。
 そうか。私はアンドロイドに看取られるのだ。そうすれば、ロイドレンたちと同じ表情を浮かべて逝くことができるだろう。

Photo by Alessandro Benassi on Unsplash

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