【飲食経営】テナント選び②市場を見る目
前回、テナント選びにおいては「何もしなければ来店数はゼロなのだから、それを見越して物件を選ぼうね」という内容を記事にしました。
今回はその続き。マーケターにとっては当然すぎる事柄ですが、意外と知らない方も多い概念を説明していきます。
プロダクトアウト
出店場所を決めるうえで、必要な用語が2つあります。商売をしている方には常識ですが、概念自体は広く使えるものなので説明しておきましょう。プロダクトアウトとマーケットインです。
それぞれ、商売の場において、製品と環境のとらえ方についての用語です。プロダクトアウトとは、自社の強みとなる技術や企業方針を基準として、サービスや製品を開発すること。例えばあなたがインドカレーの修行を長年してきた経験があり、さらに趣味が高じてラーメンの知識もかなり豊富だから、スパイスラーメンという商品を研究開発し、そのお店を開こうと考えていたとします、その製品自体はあなたにしか作れない製法や方向性の味で、完成度については他の追随を許しません。相当にクオリティの高い逸品が完成しました。
しかし、あなたのお店はまったく流行りませんでした。モノ自体は相当によいのにも関わらず、お客さまには受け入れられませんでした。だから、プロダクトアウトだけではだめなのです。
マーケットイン
そこで必要になるのがマーケットインの概念です。市場調査結果をもとに顧客ニーズを把握し、「顧客が求めるもの」を優先して製品を開発すること。要するに、市場(マーケット、ものの売買が行われる場のこと)において、何が求められているのか、何が売れるのかを見極めなくてはなりません。どんなに素晴らしいものでも、そのモノを求められていない場所では売れません。一杯800円の高級炭酸水は、高級ラウンジや砂漠地帯では売れるかもしれませんが、北海道の田舎の自販機では500mlで400円でも売れません。
だから、「あなたの店」が必要とされる場所を選ばなければなりません。あなたもせっかくだからたくさんのお客様に喜んでもらいたいでしょう。別にこんなの好きじゃないし・・・と思っているお客様に「本物の味はこれだ」と押し付けたいわけではないはずです。その町の雰囲気。駅からの距離による客層の違い。デート向きの場所かどうか。女性が入りやすい場所か。ちらりと店を見るだろう通行人の年齢層は。周りの競合店の様子は。その土地でどういう飲食店が求められているかを調べる必要があります。
…それでもやはり、モノがよければどこでも売れるのでは、と思っていませんか。それはありません。それができるのは、出店する土地がどこであろうと行こうと思えるほどの強烈な誘因効果を持つものだけです。断言しますがあなたのお店は東京ディズニーランドやUSJではありません。あなたを受け入れてくれる人のところに、あなたがお店を出すのです。あなたの店を目当てに電車に乗る人は一人もいないと思わなければなりません。
費用対効果で考える
ここまでの内容をまとめると、あなたがすべきことが見えてきます。掘り出しものはありません。高い物件にはそれなりの理由があります。来店数は基本的にゼロで、賃料が高いことは、来店数を見込めるという効果に関連します。プロダクトアウトだけではだめで、市場で求められているものを提供する必要があります。あるいはあなたを求める市場を見つけなければなりません。
あなたがすることは、費用対効果を見極めることです。どの程度の物件ならばどの程度の来店が見込めるか。どの土地ならばあなたの味が好かれるか。路面店の賃料は高いが、逆にこれだけ広告費が浮くだろう、等々。かなり尖ったコンセプトでコアな客層の支持を得られそうなら(つまり、ネット広告で心を掴み、知らないビルの階段を上って来られるお客様が多数見込めるなら)、雑居ビルの3階でもよいのです。マーケットにおける自身の立ち位置を正しく理解し、宣伝の費用とその効果を、正確とは言えずとも計算することができれば、おのずと目的とする物件の姿が見えてくることでしょう。つまり敵を知り自分を知るということです。
一般的な結論に落ち着いてしまいましたが、自己分析はマーケティングにおいて基本中の基本ですから、自然な結論と言えるかもしれません。
半年待て
一つ、重要なことを言い忘れました。物件の取得にはかなりの時間がかかるものと思ってください。
飲食店OKのテナント物件は数が少ないので、希望するような物件はなかなか出てきません。かなり待つことになります。例えばあなたが脱サラして飲食店を始める気なら、何月に退職して、何月から物件を探し始めて半年程度の期間で見つけて、などと計画してはいけません。物件はそんなに簡単には見つかりません。期間を定めると、かならず妥協した物件を契約してしまいます。よほどのことが無い限り、不備のない物件などなく、確実に後悔することになります。
もっと言えば、飲食店を開業する方は、かなり夢見がちで、どの物件を見てもそこでお客様においしい料理を提供することを想像してうっとりしてしまうものです。そういう甘い採点になっているわけですから、まあまあの物件にも「これを逃したらこんなに素晴らしい条件の物件は出てこない、これが運命だ」と錯覚してしまうものです。
その物件の周辺を歩いているのはどういう人か。周りの飲食店は繁盛しているか。あなたの競合店はどこにあるか。自分ならそこに来店しようと思えるか。様々なことを想像しながら、厳しい目で物件を査定する必要があります。
貴方の店は、「知る人ぞ知る名店」にはなれない
いろいろ書きましたが、結局は現実を甘く考えてはならないということです。
あなたのお店は、知る人ぞ知る名店にはなりません。泥臭く宣伝をし続けて、しっかりしたコンセプトを打ち出して、販促をたくさん行い、なんとかひいひい言いながら半年後に損益分岐点を超える月間売り上げがひと月でもあったら儲けものです。間違っても、お客様のほうからあなたのことを調べて来店することはありません。あなたはあなたの良さをアピールできる器を探し、費用対効果を計算しながらそこで存在をアピールしていくのです。
「そうではない飲食店もたくさんあるのでは」と思ったかもしれませんが、それは勘違いです。詳しくは【騙されない思考論】でいずれ取り上げますが、生存バイアスと呼ばれる現象により、そう思わされているだけです。数か月で人気店に。口コミで大評判に。有名人の宣伝で一気に。そうしたことはあなたの店には起こりません。地に足をつけ、十分に現実的な計画を立てましょう。
次回は「事業計画書について」。日本政策金融国庫にお金を借りるために必要なマインドは、なんと意外にも、体裁に沿わないことです。