雨ニモマケヌ 天然パーマと雨と僕
石原龍二
2020/11/14 13:19
外へ出ようとドアをあけたその瞬間、天然パーマが悲鳴をあげた。
「あ……雨ふってる!」
天然パーマに雨はつらい。どんなに完璧にセットした髪型も、知らぬ間にゴミ屋敷のようにグチャグチャになってしまう。外出予定の日に暴風雨が吹き荒れようものなら、もはや世界の終わりだ。頭上の世界がみるみる地獄絵図と化していくのを、己の無力さに絶望しつつ呆然と立ち尽くすよりほかにすべがない。
だから僕は雨の日の外出が嫌いだった。
しかし、とあるキャッチコピーに出会ったとき僕の心に変化が起きたのである。
雨が嫌いだった頃、
わたしはまだ、
誰のことも、
好きじゃなかった。
『LUMINE』のキャッチコピー/尾形真理子(コピーライター)
なかなか巧みなコピーじゃないか。純粋に僕は心打たれた。そして雨にたいするネガティブなイメージを変えてみようと心に決めた。
その日から雨の降る日を僕は待ちわびた。もう雨なんておそるるに足らずだ。自分は生まれ変わったのだ。頭がゴミ屋敷になったくらいで落ち込んでいた今までの自分がバカらしくさえ思えた。さあ雨よ、強くなった僕に降りそそいでくれ。
——そしてある日、ついに雨はやってきた。
僕は傘をさして雨のなかへ飛び出した。そう、たしかに雨も悪くない。マイナスイオンで心さえ清らかになりそうだ。ああ、どうして今まで髪ごときで、もう二度と戻らない人生の貴重な一日を僕は憂鬱にすごしていたのだろう。
そうして生まれ変わった僕は電車に乗るまえ、ちょっと浮かれ気分のままトイレに入って行った。
しかし、そこで不意に洗面台の鏡を目にした僕は、思わずギョッとした。
鏡の向こうから、無数の蛇の頭をもったギリシャ神話の怪物、メドゥーサが驚愕の表情でこちらを見ていたのである。
その瞬間、僕は石のように固まった。そして膝から崩れ落ちた……。
やはり雨の日に天然パーマが外出するなんて、ジャイアンの大群のなかに、のび太が一人で飛び込むようなものなのだ。
天然パーマに雨はつらすぎる。
雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
サフイウカミニ
ワタシハナリタイ。
※タイトルの画像は『メドゥーサ』カルロス・シューベ作、円形の画像は『メドゥーサの首』カラヴァッジオ作、最後の画像は『メドゥーサの頭部』ピーテル・パウル・ルーベンス作です。
最後まで読んでいただきまして、本当にありがとうございました!