霧中漂流
霧に街が溶けていく。
夜霧の街はいっそう静寂に沈んでいく。
僕はマンションのバルコニーから街を眺めていた。
霧の夜空は白みを帯びている。大気中の小さな無数の水滴が街の光を反射しているせいだろうか。空が遠くになるほど白みがかっている。そして霧で覆われた街の夜空は低い。
少し向こうに見える信号は時折色を変える。青くなったり赤くなったりするうつろな光。その光に従って走ったり止まったりする無言の車。あちこちのビルの窓に柔らかな橙色の灯りが点っている。より遠くには消えかかるようにうっすらと、高層ビルの姿がそびえ立っている。街中の色彩や輪郭が滲んでいく。
眼下の三車線の道路に車はほとんど走っていない。あの中央分離帯には綺麗に刈り込まれた赤い垣根が並び、等間隔で背の低い樹木が明るい緑の葉をつけているのを僕は知っている。時々その街路樹のわきを車がひっそり滑っていくと、ライトに照らされた垣根の赤と樹木の緑が、代わる代わる生命に満ちた色を仄かに見せた。
歩道を自転車が走って行く。仕事帰りの男性と思しき人影が家に入っていく姿が見える。森閑とした街のなかで、カラカラと響く車輪の音やドアを開けるときのキーッと軋む音に、なぜか心が安らぐ。僕もこの薄ぼんやりとした静けさの中に漂っているらしい。
夜霧は街の風景を淡く朧げにしていく。
夢現の境に茫漠たる街が浮かんでいる。
最後まで読んでいただきまして、本当にありがとうございました!