
【創作怪談】コックリさん
「コックリさん」
夜の学校は、昼間とはまるで違う顔を見せる。昼間は賑やかな教室も、人気がなくなるとただの無機質な箱にしか思えなかった。
「……本当にやるの?」
千夏(ちなつ)が、机の上に広げられた紙を見つめながら言った。
「当たり前でしょ。ここまで来てやらないなんて、逆に怖いじゃん」
そう言ったのは真由(まゆ)。彼女はクラスでも肝が据わっている方で、こういう怪談じみたことが大好きだった。
「……でも、もし本当に何か出てきたら?」
葵(あおい)は消え入りそうな声で言う。彼女は霊感があるわけではないが、怖がりだった。
「大丈夫、ただの遊びだから。でも、絶対にルールは守ること。途中で指を離さない、ふざけて質問しない、最後にちゃんとお帰りいただく……いい?」
真由が確認し、3人はうなずいた。そして、それぞれが10円玉に指をそっと置く。
「コックリさん、コックリさん。いらっしゃいましたらおいでください」
しばらくの沈黙。
3人は息を殺して待っていた。
……が、10円玉は微動だにしない。
「ほら、やっぱり何も起こらないじゃん」
真由が笑いながら言ったその時——
すぅ……
10円玉が、ゆっくりと「はい」の方へ動いた。
「……嘘でしょ」
千夏が小さく息をのむ。
「……じゃ、質問してみよっか」
真由の声にも少し緊張が混じる。
「コックリさん、私たちの中で最初に死ぬのは誰ですか?」
「ちょっと真由! そんなこと聞かないでよ!」
葵が慌てて止めようとしたが、10円玉は勝手に動き出した。
「ち……」
「な……」
「つ……?」
「千夏……?」
息を飲む千夏と葵。だが、真由は「偶然じゃない?」と笑う。
「ほら、私たちが無意識に動かしてるんだよ。じゃあ次ね——」
その瞬間、パチンッと教室の電気が消えた。
「きゃっ!」
葵が悲鳴を上げる。外の街灯がかすかに窓から差し込む中、10円玉は再び動いた。
「き……よ……し……」
「……誰?」
「清……って誰?」
その時、廊下の奥からコツ……コツ……と足音が聞こえた。
3人とも声を失い、ただじっと扉を見つめる。足音はどんどん近づいてくる。
「……っ、帰ってもらおう! コックリさん、お帰りください!」
千夏が震える声で言う。
3人は慌てて10円玉を「鳥居」の方へと誘導し、最後に指を離した。
——その瞬間、足音はピタリと止まった。
「……もう、帰った?」
「……たぶん」
3人は恐る恐る顔を見合わせた。
「ほら、大丈夫だったじゃん」
真由が安堵の笑みを浮かべる。
「……そうだね、帰ろう」
千夏と葵も立ち上がり、教室を出ようとした。
しかし、その時。
廊下の奥の鏡に映った「4人目」が、じっとこちらを見ていた——。
その夜、千夏は夢を見た。
学校の廊下を、ひとりで歩いている夢だった。
誰もいないはずなのに、背後で足音がする。
振り向いても、誰もいない。
なのに——
気づくと、すぐ後ろに誰かが立っていた。
ぼさぼさの長い髪の、白い顔の男。
瞬間、千夏は悲鳴を上げ——
——そこで目が覚めた。
「……夢?」
額には冷たい汗がにじんでいた。
起き上がり、スマホを手に取る。
時刻は午前3時34分。
なんとなく気になって、リビングに行く。
喉が渇いた。冷蔵庫を開け、水を一口飲んで、リビングの時計を見上げた。
——その瞬間、千夏は凍りついた。
時計のガラスに、男が映っていた。
長い髪、青白い顔、虚ろな目。
ゆっくりと、千夏の後ろから、肩に手を伸ばしてきて——
「千夏」
その時、スマホが鳴った。
真由からのLINEだった。
【千夏、今すぐ塩持って風呂場行って】
「……え?」
【ダメ、後ろ、振り向かないで】
その瞬間、耳元で——
「おまえ、もうすぐ死ぬよ」
男の声がした。