無料公開連載小説;HEAVEN 12話 届かなかった歌声
おじさんはマーシャルのアンプにギターをつないでいる。
「おじさん、エフェクター使わないの?」
しばらく僕を無視して準備したところで僕にマイクを渡した。
「何か喋ってみろよ」
あ、あ、あ
いつもと違う僕の声が聞こえる。
「お前の声は、人にそう聞こえてるんだ。まず自分の声を知るところからだ。聞きなれたら声域を測ってやるよ」
やはりこの人は人に何か伝える心がない。「セイイキ」と言われてもよく分からない。僕も腹が立つ時くらいある。
「おじさん!本当におじさんは何か歌えるの?」
おじさんは笑顔を浮かべている。僕はまた怒りを忘れたが、一度言った手前引き下がれない。
「何か歌ってよ!」
「俺が歌うのか?」
僕が頷くと、おじさんはしばらく考え込んだ。
「ギターしかないぜ?しかもエフェクターも持ってない」
「本当は歌えないんじゃないの?」
おじさんはアンプを調整し始めた。
「何がいい?」
「何でもいいよ」
「ギターだけで、しかもアンプのひずみだ。やれる曲も限られるし、何年も歌っていない」
僕は疑い始めた。
「言い訳はいいよ」
おじさんはまた考え込んでいる。
「ギター一本ならバラードだな。ルイはエアロスミスのクラインとエンジェル、どっちが好きだ?」
どちらもかなり高い曲だ。そしておじさんの声は人並みの高さだ。
「歌えるの?」
「ああ。結局無駄だったが、ウイスキーでうがいしながら練習した」
「クライン、弾いてくれる?」
おじさんはイントロを弾き始めた。クリーンに切り替わるところもひずんでいたが、僕は気にもとめなかった。そしてボーカル・パートに入った。
おじさん、エアロスミスはやっぱり格好良いね
そしておじさん以上に格好良くクラインを歌える人は、スティーブン・タイラーだけだって思ったよ
僕は、精一杯の生意気を言うよ
悪くなかった
「どうしてあんな高い声出せるの?」
おじさんは息切れしている。
「ボーカルは低音を下に伸ばすことは不可能だが、高音は伸びるんだよ。もっとも、俺の高音は細いが」
僕はいくらか虚脱していた。
「プロになりたかったの?」
「プロ志望とさえ言えなかったんだよ」
初めておじさんの顔に悲しみの色が浮かんだ。
思い返せば歌声はいくらか悲しげだった。
「教えてやるよ」
「うん」
その夜は声域を図る作業で一時間が過ぎた。帰り道はエアロスミスが流れていたけど、おじさんはクラインだけを飛ばして信号機の赤い光を眺めていた。