無料公開連載小説;HEAVEN 8話 スモーク・オン・ザ・ウォーター
「まずはスモーク・オン・ザ・ウォーターでも弾いとけよ。ディープ・パープルのCDも入ってただろう?」
おじさんは言った。
「よく聴くところからだ。そして、ギターで適当に遊んでみればいい」
おじさんは教えてくれると約束したが、僕へのアドバイスはその二言だ。スマホで調べたところ、ピックとかいうものが必要らしい。母親に通販で買ってもらうことにした。
あれだけ断っていたにもかかわらず、母親は最近機嫌がいい。おそらく僕が芸術に興味を示したからだ。どんな音楽を聴いているかは黙っていることにしよう。
ピックが届き、弦を弾いてみた。確かに音は鳴る。おじさんのような轟音はならないけれど、ピーンという音が部屋に響いた。おじさんは脚を組み、左の太ももの上にギターを乗せていた。真似をしてみようと勉強机の椅子を引っ張り出した。僕は首を傾げ、思った。
「無責任な人だ」
何も教えてくれないし、何をどうすればいいかも分からない。とりあえずおじさんの真似をして、左手の人差し指で弦を押さえた。弦を押さえていない時よりも音が高くなった。隣を押さえると半音上がる。ピアノを習っていて良かった。理屈が分かってきた。僕はスモーク・オン・ザ・ウォーターのイントロを繰り返し再生した。
やっと、イントロの押さえ方が分かった。ただ、何かが物足りない。一本の弦だけ抑えるのではないのだろう。そして一時間ほど経った頃に、二本の弦で弾けばスモーク・オン・ザ・ウォーターのイントロが弾けることが分かった。もっとも、分かったところで僕の左手は擦り切れていて、これ以上は痛みに耐えられない。おじさんに電話をかけた。
「パワー・コードっていうんだよ。二本の弦で作る和音だ」
僕は呆れた。
「何でそういうことを教えてくれないの?」
おじさんが電話の向こうでにやけているのが分かる。
「そこから始めるのが楽しいんだよ」
悔しくなった。僕は絆創膏を貼り、何度もスモーク・オン・ザ・ウォーターのイントロを弾いた。CDに合わせられるようになった頃には寝るようにと母親に叱られたが、なぜか優し気だった。