無料公開連載小説;HEAVEN 9話 狂熱
それから僕は、おじさんにもらったCDを聴き漁り、学校ではたくさんの曲を頭の中で再生した。ディープ・パープルだけでなく、KISS、ブラック・サバス、アイアン・メイデンと何でも聴いたし、気に入った曲のギター・パートは口笛で吹けるようになった。もっともギターで弾けるかと聞かれれば、言葉に詰まるけれど。
「タブ譜の読み方を教えてやるから来いよ」
おじさんからの電話だ。「タブフ」と言われても何のことか分からない。まったくこの人は困った限りだ。僕は母親にせがんでおじさんのところに連れて行ってもらった。母親はトランクからギターケースを優しく取り出し、僕に手渡した。そのあと手のひらを頭にのせた。僕の頭を撫でたんだ。何年ぶりだろうか。
煙草の煙で満たされた部屋に通されると、おじさんはノート・パソコンを真剣な顔で睨んでいた。僕に気付いていない。ヘッドホンからは爆音でニルヴァーナが流れている。肩を叩かないと気付かないだろう。
「おじさん」
おじさんはやっと僕に気付き、ヘッドホンを外した。
「ルイじゃないか。どうした?」
「このやり取り、もうやめない?」
僕は冷めきっていた。
「何しにきたんだ?」
「『タブフ』って何?」
おじさんはやっと思い出したらしい。
「ああ、話してたな。楽譜みたいなものなんだが、ギターの楽譜は簡単なんだよ。どの弦の何番目のフレットを押さえればいいか、数字で書いてある。リズムはいい。最初はCDに合わせて、ある程度弾けるようになったらメトロノームに合わせるんだ」
珍しく真面目な回答をもらったが、言いたいことがある。
「何で最初から教えてくれなかったの?」
おじさんは煙草に火を付けながら答えた。
「耳を鍛えるんだよ。耳でコピーできないヤツは、楽譜がない曲がやりたい時にどうするんだ?無様だ」
それから僕はディープ・パープルのバンド・スコアを見せてもらった。六本の線が平行に引いてあり、数字がふってある。僕が見つけた場所と同じだった。
「スモーク・オン・ザ・ウォーター、弾いてみろよ」
おじさんはギターケースに向けて顎をしゃくった。僕がギターを抱えると、おじさんは呆れ顔で笑っている。
「エレクトリックの華は、アンプにつないで初めて咲くんだよ」
僕のレスポールにコードを差し込み、アンプと呼ばれるスピーカーにコードの反対側を差し込んだ。スイッチを入れ、おじさんがつまみを時計回りにゆっくりと回す。僕は試しに一番太い弦をピックではじいた。アンプは爆音を吐き出した。
「おじさん、こんな大きい音を出していいの?」
「ああ、この部屋は防音なんだよ」
おじさんはどこか嬉しそうな顔をしている。
「初めて使うアンプがマーシャルっていうのは、感謝するべきだ。ひずませてやるから、スモーク・オン・ザ・ウォーター弾いてみろよ」
おじさんは別のつまみをいじり始めた。準備が終わったようで、僕をじっと見つめ始めた。
僕は下手くそなスモーク・オン・ザ・ウォーターを弾いた。
ひずんだ爆音は確かに僕を、ロック・スターに近づけた気がした。
気が付けば何度も同じフレーズを弾いていた。
レスポールは歌っていない。
彼は叫んでいた。
もう僕は、誰にも馬鹿にされない気がした。
おじさんはボリュームを絞り、僕の頭を撫でた。
「どんな気分だ?」
言葉にできない。
「それでいいんだよ。言葉にならないっていうのも、悪くない表現だ。お前はいい子だ」
僕はそのあとロクな会話もできず、おじさんの家を後にした。
胸の高鳴り、というものだろうか。そんなものだけは確かに感じたんだ。
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