
無料公開連載小説;HEAVEN 6話 レスポール
異常な母親はいつだって異常だ。由季ちゃんの家の前で車を停めると、由季ちゃんに何度も謝っている。
「うちの子、迷惑かけるだろうから、本当にごめんね」
由季ちゃんは気にもしていない様子だった。
彼女に案内されるがままに、僕はおじさんの部屋に入った。高台にあるおじさんの家の部屋からは海が見える。ただそれは、煙越しにだ。僕は二度か三度むせ、顔をしかめた。おじさんは巨大なスピーカーがあるにもかかわらず、ヘッドホンで音楽を聴いていた。この間聴いた人の声はヘッドホン超しに漏れている。
僕はおじさんの肩を叩いた。おじさんは一度驚いた顔をしたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。僕の緊張はすぐに解かれた。
「よお。どうした?」
僕は呆れるしかなかった。
「あんたが呼んだんだろう」
言葉にはできなかったので精一杯表情にした。
「今日だったか。俺の仕事は日にちの感覚が薄れるからな」
「おじさんは何の仕事してるの?」
「翻訳家だよ」
僕はよくわからなかったが、おじさんもそんな話題に興味はないようだった。
おじさんはヘッドホンを片付けながら、話題も一緒に切り替えた。
「ガンズは気に入ったか?」
「うん。格好良かったよ」
おじさんは嬉しそうだ。
「お前、ロック・スターって知ってるか?」
僕は呆けた。
「スーパー・スターだよ。それもアイドルみたいなものじゃない。俺たちみたいな行き場のない人間の心臓を掴んで、握りつぶしそうなやつらだ。そいつに掴まれたら、誰もが言うはずだ。『ロック・スターになりたい』ってな」
僕の語彙に「ロック・スター」という単語が増えた。おじさんは続ける。
「お前はもう掴まれてるんだよ。アクセル・ローズの歌声や、スラッシュのギターにな」
おじさんはそう言い切ったところで、ノッキン・ノン・ヘブンスドアを流した。
曲を聴きながら、顔も知らないその人たちを思った。そして、どうすればロック・スターとかいうものになれるのか思案した。結局答えは出なかったけれど。
曲が終わるころにはおじさんはいつもの笑顔だった。そして、一本のギターを巨大なスピーカーの裏から取り出した。
「ロック・スターへの一歩はな、こいつを抱くところからなんだ」
おじさんは僕にギターを見せびらかした。少し自慢げだ。
「ギブソン・レスポール、チェリー・サンバーストだ。定番だな。理屈はいい。聞いてみろ」
おじさんはスピーカーの横にある大きなスピーカーにコードを差し込んだ。黒いスピーカーで、金色の部品が綺麗だった。
「ヘブンスドア、弾いてやるよ」
おじさんのギターは、ガンズ・アンド・ローゼズを見事に再現していた。イントロの美しいフレーズの後に、おじさんはスイッチを足で踏んだ。ギターは急に凶暴な音になった。
そして、僕は憑かれた。