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無料公開連載小説;HEAVEN 7話 おじさんの本棚
僕はいくらか虚ろな気分だった。耳の痛みを感じたけれど、ただの痛みではない。何なのだろうか?僕が不思議そうにしていると、おじさんは優しく僕に問いかけた。
「味わったことのない感覚だろう?」
僕は頷いた。
「鳥肌の一つくらい立ったか?」
僕は背筋が凍ったような感覚に気付いた。
おじさんは柔らかな笑顔を浮かべ、海が見える窓の下にある本棚に向かった。中にあったのは全部CDだ。何枚あるのだろうか。
「適当に見てみろよ。ジャケットっていうのは一つのアートだ」
僕は一つ一つ眺めた。英語を習っていた割に、どれも何が書いてあるのか全く分からない。ただその中のいくつかは僕を高揚させた。
「全部やるよ」
僕は顔を上げ、突然のプレゼントに驚きを隠せなかった。
「良いの?」
おじさんが珍しく目を細めている。
「最近はスマホで全部聴けるからな。風情のない時代だ。ハード・ロックだけじゃない。パンクもグランジも入ってる」
また僕によくわからない単語が投げかけられた。おじさんは人に何か伝えるつもりがないのだろうか。
そう思っていると、おじさんはナチュラル・ウッドのクローゼットの扉を開け、黒いケースを取り出した。「Gibson」と書いてある。読み方はよくわからない。
おじさんはさっきのギターをケースに入れ、僕に差し出した。
「やるよ」
おじさんはいつだって唐突だ。どうしていいか分からない。
「何で?」
おじさんは煙草に火をつけ、窓の外を眺めた。
「俺達には子供がいないからな。誰かに何かを託す。そんな気持ちを味わってみたい時もあるんだ。お前の母親と似たようなものかもしれないな。まあ、俺の気まぐれだ」
おじさんは初めて声を出して笑った。僕には戸惑う他はない。
「高いんでしょ?」
「ああ」
「いいの?」
「ガンズを弾きたいとは思わないか?」
僕ははっきりと分かった。おじさんは僕に、ロック・スターへの道を歩ませようとしている。僕ははっきりとした口調で言った。
「ありがとう」
「たまには遊びに来い。教えてやるよ」
そして僕は沢山のプレゼントを抱えて、母親の車へと向かった。母親は何度もおじさんからのプレゼントを断ろうとしていた。あまりに高価だからだ。おじさんは「一度あげたものだから」の一点張りだ。僕の右手にぶら下がっているギターケースはあまりに重く、由季ちゃんが袋に入れてくれたCDを持った左手も痺れている。これもロック・スターへの一歩なのだろうか。道のりは長く思われた。