私を引きずりまわせオートバイ!
〈7月29日・歯医者・11時30分〉──オートバイで?
カレンダーには、そう記してあった。
私が住んでいる茅ヶ崎から、鎌倉の歯医者までは、オートバイなら三十分ほどで行ける。
でも、昨年の春に入院してから、オートバイにはまったく乗ってない。なんとなく、怖かったんだ。
その日の朝、カレンダーに記された、──そろそろ鎌倉くらいまでオートバイで走ってみるかい?──という、いつかの私から今日の私へのメッセージを読んでも、その気にはなれなかった。
私のオートバイは、何年か前に、〈ヴェノム〉というアメリカ映画に出ていたのを見て、一目惚れして購入したものだ。
映画では、トム・ハーディというマッチョな俳優が、スキー場みたいに急傾斜なサンフランシスコの街を縦横無尽に爆走していたのだが、いざ私がそれと同タイプのオートバイに跨がってみても、なんだか様子が違う。
ガラス窓に映る私の姿は、想像していたトム・ハーディのスマートでクールな佇まいとは、似ても似つかない。
そりゃそうか。168cmと小柄で、頭ばかりデカくて、日本人体型丸出しの中年男が、ただでさえハンドル位置や車高の高いスクランブラーのオートバイに跨がると、子どもが無理してママチャリに乗っているような可愛げもなく、やはりどこか滑稽で、我ながら失笑して俯いてしまう。
でも、その黒く輝くガソリンタンクや、スイングアームの美しい角度を眺めていると、──やはりイタリア車は違うなあ、とほくそ笑んでしまうのだった。
それにしても、まさかこの歳になって、イタリアのオートバイに乗ることになるとは思ってもみなかった。
子どもの頃からオートバイに憧れていて、数年前には国産の250ccでキャンプをしながら北海道を一周したりもしたけど。
──まさか、思ってもみなかった。
まあ、人生は、そんなまさかの連続である。
──まさか、親父があんな形であんな唐突に死んじまうとは思ってなかったし。
──まさか、子どもの頃から健やかな家族に憧れていて、誰よりも妻を愛していた私が、知らぬ間に彼女を苦しめ、その結果、家族に捨てられ、いよいよ独りになってしまうとは。
──まさか、明るくユーモアに溢れた元気印の私が、心をぶっ壊して、精神病院に入院することになるとは。
──まさか、犬を飼ったこともない私が、まだ自律神経がイカれてて気力も体力も普通の半分以下のくせに、大型犬を飼いはじめてしまうとは。
振り返ってみれば、人生は思ってもみなかったことの連続で、まさかまさかと呟きながら、やはり私は苦笑して俯くしかない。
その日も朝から真夏の太陽がアスファルトをドロドロに溶かしてしまおうとせっせと降り注いでいた。
「おまえは、こんな晴れた日にオートバイに乗らないで、いつ乗るんだい? もう一生乗らないつもりなのかい?」
内なる私の声が聞こえた。
入院し、退院し、家族も猫もいなくなった、だだっ広い家に一人で暮らしはじめたあたりから、私の中には幾人もの私が現れ、時折、私に声をかけた。寄生したヴェノムみたいに。
人格が分裂してるとか、そんな大げさな話ではない。誰の中にも、いろんな自分がいるものだ。
唐突に訪れた孤独が、私がこれ以上ぶっ壊れないように、彼らに声を与えたのだろう。
──たしかにおまえの言うとおりかもしれないな。
昨年の夏から、──PTSDだか、パニック障害だか、適応障害だか、ストレス性不安障害だか、いろんな症状が混在していて、
「総じて、いわゆるウツですね」
と、ジャルジャルの後藤によく似た(マスクを外しているところを見たことはないから実際のところはわからないが)、若く落ちついた精神科の担当医にさらりと言われたけれども、
──いろんなことに怯えながら暮らしてきたけど、そろそろ鎌倉までオートバイで走るくらいなら、大丈夫だろう?
そんな気がしてくると、そんな気になってくるものである。
もうたいした薬は飲んでいないし、あとは少しずつ勇気を出して、
「楽しい体験を積み重ねて、哀しみを上書きしていくんです」
と、ジャルジャル後藤先生も言ってたじゃないか。
私はいよいよ意を決して、埃をかぶっていたヘルメットやグローブの準備をはじめた。
先日、車検を通してあるので、オートバイの整備に不備はないはずだ。
誕生日に悪友にもらった、自分では絶対に買わないようなレイバンのキザなサングラスをかけてみる。
どうせ逆立ちしたってトム・ハーディにはなれないんだ。見た目なんてどうだっていい。
さあ!──と、いざ、地獄のデスロードのような炎天下を走りだしてみると、思ったより気持ちいい。
──ああ、風が吹いてる。
R134に出て、防砂林をぬけると、茅ヶ崎サザンビーチの先に、青い海が広がっている。
毎朝、アン(ラブラドール・レトリバー・♀・1歳)と飛びこんでいる海だが、国道から見るそれは、いつもよりキラキラと輝いている。
──ていうか、このオートバイ、めちゃめちゃ速くね?
アクセルをひょいと開くと、軽快に風を切るオートバイのエンジン音に、思わず笑みがこぼれる。
──ああ、心にも風が吹いてる。
真夏とはいえ、平日なので、海沿いのR134もそれほど混雑していない。
江ノ島を抜け、腰越を越え、七里ヶ浜に出ると、さすがに車の流れが滞ったが、ここはむしろゆっくり走って風景を眺めたいスポットだ。
日本で一番絵になる駅──鎌倉高校前駅。
スラムダンクのアニメのオープニングに出てくる踏切。
同じ湘南でも、茅ヶ崎とはまた違う、異国を訪れたような新鮮さと、日常の外に出たような胸の高鳴りが、ここには流れている。
少し余裕が出てくると、映画みたいなその風景と、二の腕をジリジリ灼く夏の陽射しにうっとりしながらも、私の自意識がムクムクと大きくなってくる。
真夏の七里ヶ浜の国道で、青い空と白い雲、さらに青い海を背景に、黒光りするイタリアのクールなオートバイに跨がる私は、レイバンのキザなサングラスも手伝って、さぞかしカッコよく見えるはずだ。
私は自分がニヤけていないことをミラーでたしかめると、久しぶりに握るクラッチの疲れでやや痺れはじめた左手を隠し、余裕を見せてサングラスを少しずらした。
いつも通りさ、といった表情で今日の波の塩梅をたしかめるふりをしつつ、エンストなんかしないように、クラッチとアクセルに神経を集中する。……プス。
しばらく走って、ようやくシフトペダルのニュートラルの位置感覚も掴めてきたところだ。
渋滞する車の脇を、スクーターやアメリカンやレーサーレプリカがびゅんびゅんすり抜けていく。
「せっかくこんな素敵なところにいるのに、そんなに急いでどこへ行くんだい?」
内なる私が負け惜しみをいうが、たしかにその通りだ、とも思う。
エアコンが心地よく効いた歯医者のリクライニングしたシートでまどろみながら歯石をガリガリ取ってもらい、海の近くのタイ料理屋でパッタイとライチスムージーを腹におさめ、来た道を帰る。
由比ヶ浜から稲村ヶ崎に繋がる傾斜が近づいてくると、いくつかの思い出が蘇ってくる。
鎌倉高校前に住んでいた友人の顔が浮かんだ。また声が聞こえた。
──オートバイが、私を引っぱっていく。
内なる私が言ったのか、それとも今この私がそう思ったのか。
あいつもそういえば、人生の壁にぶつかって、死ぬ間際まで苦しんだ後、免許を取って、オートバイを買って、茅ヶ崎までやってきてから、ずいぶん元気になったものだ。
あいつの青白かった二の腕がこんがり焦げる頃には、──鎌倉に比べると茅ヶ崎の海は汚ねえな、なんて生意気なことを言えるくらいに。
──オートバイは、心の推進力になる。
私は独りごちて、力強く頷いていた。
家に着くと、もうクタクタのヘロヘロになっていた。すぐにでもソファに倒れこみたいところだが、窓を開け放ったリビングは外気温とほとんど変わらぬ灼熱地獄だ。
「たかが鎌倉の歯医者へ行って帰ってきただけで、こんなに疲れちゃうんだから、困ったヤツだな」
ヴェノムの声がする。
「そういえば、トム・ハーディが主演をやったマッドマックスだって、結局、行って帰ってきてクタクタになっただけの話だったよな」
私はそんなことを思い出すと、無性におかしくなって、苦笑しながら、エアコンで冷蔵庫みたいに冷えたアンの部屋に入って、少しオシッコくさいソファでそのまましばらく眠った。
アンが執拗にほっぺたをペロペロと舐めてくる。私はやはり苦笑しながら、まどろみから目を覚ます。
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