#37 忘れられない味/泖
【往復書簡 #37 のやりとり】
月曜日:及川恵子〈「ブルーベリーソースがのったヨーグルトムースのケーキ」との再会を目指す人生〉
水曜日:泖〈じいちゃんのお味噌汁、ばあちゃんの天ぷらまんじゅう〉
金曜日:くろさわかな
じいちゃんのお味噌汁、ばあちゃんの天ぷらまんじゅう
忘れられない味って、ロマンチックですよね。
あの日に想いを馳せる、ってこと自体が、すごくロマンチック。
わたしの忘れられない味は、小学生のときに初めて飲んだバーミヤンのスイカジュースなのですが、どうやらいまもあるらしく、がんばればまた飲めるなという確信があります。
バーミヤンのスイカジュース、本当に美味しいです。とか言っておきながら、味はうろ覚えです。でも「なんだこれ、うめぇ!」みたいな衝撃が走ったことは覚えているので、めっちゃうまいはずです。機会があったら飲んでみてください。
バーミヤンのスイカジュースは「もう一回飲みたい!」と思うんですけど、奇しくもわたしが本当に忘れられない〈じいちゃんのお味噌汁〉と〈ばあちゃんの天ぷらまんじゅう〉の味は、特に、もう一回、とは思わないんです。
一緒に住んでいたじいちゃんとばあちゃんは、もういません。
度がすぎた亭主関白のじいちゃんは本当に大っ嫌いで、言い方は悪いけど「こいつが早くいなくなれば家族が幸せになるし、世界平和が訪れる」と思っていたくらいです。ばあちゃんは割と好きで、でもたまにうっとおしくて、亡くなってから「なんであんな態度とっちゃったんだろう」なんて後悔しまくりです。
さっきも言ったように、じいちゃんは度がすぎた亭主関白なので、料理なんてするイメージは全くありません。でも、わたしが小学生の頃に、一回だけちっちゃなジャガイモが丸ごと入ったお味噌汁を作ってくれたんです。
その日の夜は、わたしと小さな妹とじいちゃんしかいませんでした。だからか、晩ごはんの代わり、みたいな感じで、じいちゃんがお味噌汁を作ったんです。具はジャガイモしかなかったんですけど、思いのほか美味しくて、小学生ながら「このジジイ、やればできんじゃん」と一度だけ感謝した記憶があります。
ジャガイモはホクホクで、しかも母とばあちゃんが作るお味噌汁はいつも小さく切ってあるのに、ちっちゃなジャガイモが丸ごと入ってるから、なんだかワクワクして食べたのを覚えています。
対して、ばあちゃんの天ぷらまんじゅうは、不味くはなかったんですけど、「一口で十分」みたいな味でした。もうね、べっっっちゃべちゃなの。油で。
ばあちゃんはいつも習い事の送り迎えをしてくれていたんですけど、迎えの車で「お腹が空いてるだろうから」ということで差し入れしてくれることが多かったんです。その場面に出てきたのが、べっっっちゃべちゃの天ぷらまんじゅう。
ラップ一枚にくるんであったんですけど、なんせ、べっっっちゃべちゃの天ぷらまんじゅうだから。ラップの外も油でべっっっちゃべちゃなわけです。このときも小学生だったわたしはドン引きしたのですが、お腹が空いていたし、ちゃんと食べました。おいしかったんですけどね。一口食べて、カリって感触は期待してなかったけど。ジュワって感触は覚えてる。
もう、じいちゃんのお味噌汁も、ばあちゃんの天ぷらまんじゅうも、食べられないけど忘れられない味としてわたしの記憶に残っています。
越前ガニとか、南三陸のウニとか、バイトでお世話になったシェフの料理とかが一番に浮かぶんじゃなくて、結局、じいちゃんのお味噌汁とばあちゃんの天ぷらまんじゅうが思い浮かぶのか。
もう一回食べたいなぁ。
追伸。
ばあちゃんは、朝練に向かう高校生のわたしに時々おにぎりを持たせてくれたのですが、中身は決まって梅干しでした。「ばあちゃん、わたし、梅干しダメなんだ」と何度も伝えたのですが、絶対に中身は梅干しでした。もう諦めて梅干しのおにぎりを食べた結果、おにぎりから梅干しだけを残すスキルが格段に上がりました。梅干しで赤くなっているお米も含めて。ありがとう、ばあちゃん。いまも梅干しは嫌いだよ。