ミュージカルじゃなかったらたぶん観ていられなかった~映画『ディア・エヴァン・ハンセン』~

※ネタバレはします。



予告編やフライヤーなんかを見ると、なんだか「感動する映画」っぽく宣伝されていた映画『ディア・エヴァン・ハンセン』。

アメリカでは2015年に初演されたミュージカルの映画化、とのことです。

私はもちろん内容は知りませんし、そんな舞台が存在していたことすら知らなかったのですが、ミュージカルや舞台が好きな人に聞いたらそこそこ知っている人もいました。

舞台も何度も公演されているようですし、きっと感動する作品なんだろうなー、と考えて観に行ったのですが……。


観終わったら、感動どころかメチャクチャモヤモヤしてました。

なんだろうこの映画、基本的にろくでもないキャラクターしか出てこない……。


まずは主役のエヴァン・ハンセン。

片思いしている相手であるゾーイの兄、コナーが自殺したあと、彼と仲良しだったと勘違いされてしまい、嘘をついて注目を集めてしまった少年です。

まあ、彼の場合は「嘘をついてしまったこと」については、別に私も責め酔おうとは思いません。

他人との付き合いが苦手な人間は、他人から期待されたとき、なんとかその期待に応えようとする心理が働いてしまうものです。

だから自殺したコナーの両親、特に母親からコナーとの思い出を聞かせてほしい、と頼まれて、断り切れずに嘘をついてしまった、それはわかるんです。


でもそのあとで、同級生のアラナが提案した「コナーの追悼集会でのスピーチ」や、思い出の果樹園を再興する「コナー・プロジェクト」への参加は明らかにやりすぎです。

スピーチはコナーの母親の依頼もあったので百歩譲っても、コナー・プロジェクトには関わるべきではありませんでした。

目立てば目立つほど嘘がバレる可能性が上がるのですから。

そして嘘がバレたあと、コナーの家族の前で「自分もこんな家族がほしかったから、嘘だと言い出せなかった」とか言い出す始末。

なんだかなぁ、という気持ちにならざるを得ませんでしたね。


あとはエヴァン・ハンセンの嘘に気付かないコナーの両親とか。

あんな雑な嘘と捏造メール、不審に思わないのが不思議です。

たぶん「コナーとエヴァン・ハンセンが親友同士だった」という事実を疑いたくなくて、都合の悪い部分には目をつむってしまう心理が働いていたのでしょう。

結局息子のことを理解できていなかった事実を見つめないために、エヴァン・ハンセンの存在に頼ってしまったわけです。


あとはエヴァン・ハンセンの母親も、なんだかんだ言いながら結果としてエヴァン・ハンセンを放置状態にしてしまっていた、寂しさを感じさせていた結果、あの嘘を招いた戦犯と言えるでしょう。

エヴァン・ハンセンも実は自殺未遂していたほどに苦しんでいたことに、気付いていなかったわけですしね。


こんな感じで、私としては「なんだこの映画、ロクデナシしか出てこないじゃないか」と思ってしまったのですが、なかでも「最悪だな」と感じてしまったのが、エヴァン・ハンセンの同級生・アラナです。

学業にも励み、積極的にさまざまなイベントなどを提案して実現するアラナは、学校内でもリーダー格の存在です。

しかし実際には心を病んでいて、エヴァン・ハンセンと同じく毎日服薬して精神状態をコントロールしています。

映画内で、アラナは学業に励み、イベントの主催をして目立っているのは、そうやって自分の存在を確かなものとして感じるため、みたいなことを言っていたのですが……。


つまりコナーの追悼集会とか、コナー・プロジェクトとか、別に仲良くもなかった生徒の死を利用して、自分をアピールしたかっただけ、ということになってしまうんですよね。

これが私には、実に気持ち悪い考え方にしか思えなかったです。

日本にも、他者の死を使って自分たちの正当性をアピールしようとした団体がいて批判されましたが、それと同じに感じてしまうんですよね……。


良かったのは、最終的にエヴァン・ハンセンが周囲から認められたり、コナーの家族や学校の生徒たちに許されたりしなかった展開くらいですかね。

これでそんなハッピーエンドになっていたら、観たことを後悔するぐらいの糞映画ですよ。

そういう救いがなく、エヴァン・ハンセンがちょっと精神的に成長した、くらいの感じで終わってくれたのは、こちらの精神が助かりました。


こんな感じでストーリー的な部分はかなり個人的にダメだったのですが、もともとミュージカルなだけあってか歌はとても良かったです。

特に気に入ったのは『Waving Through a Window』と『Requiem』の2曲。

『Waving Through a Window』はエヴァン・ハンセンの、『Requiem』はコナーの家族である両親と妹・ゾーイの心理が反映されていると感じました。

『Requiem』の3人3様の「I will sing no requiem tonight」が、同じ歌詞なのにそれぞれの立場からの異なる複雑な感情が表れていて、感銘を受けましたね。

ハーモニーもキレイでしたし。


それにしても、この映画を観終わってつくづく感じたのが「ああ、この映画はミュージカルで良かった」という点です。

たぶん普通のセリフで聞いていたら、絶対にイライラしてしまったようなシーンでも、綺麗な歌で聞かせてくれるとそれほどイライラせずに済みましたので。

ミュージカルの良さが今までイマイチ良くわからなかったんですが、この映画のおかげでミュージカルの良さに気付けた気がします。

そういう面ではちょっとだけ感謝を。

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