当たり前の大切さ#07

降りしきる雨の中、
サークルへと顔を出した。
けど彼女はそこにいなかった。
初めてのことだったので戸惑った。
いつからかもうこの時間は当たり前に
なっていたからだろう。
おもむろに煙草に火をつけた。
煙草の吸殻が足元に溜まっていく。
空虚なこの時間をどうにか埋めたかった。
しかしいくら待っても
その日、結局彼女はそこに現れなかった。
 会えない時間が愛を育てる。
という言葉を耳にしたことがある。
会ってる時に育むものだと今の今まで
思ってきたがその時ようやく
その言葉の意味を理解できた気がした。
 次の週から
毎日出来る限りサークルへと顔を出した。
彼女はいつになっても
僕の前に姿を表すことはなかった。
そして土曜の2限。
やっと会えた。
もう数ヶ月会っていないような感覚
だった。
「ちひろー遅いぞー。」
何事もなかったかのようなセリフ。
それはこっちのセリフだ。
二週間もなにしてたんだよ。
ずっと会いたかった。話したかった。
でもそれを胸にしまい
「ごめん。」とだけ。
「ごめんって言わなくちゃなのは私の方なのにね。ごめんね。」
そして今更ながら連絡先を交換した。
またこんなことがあったら僕は
もうやりきれないと思った。
彼女はどうやら急な季節の変化で
よくある風邪をひいてたらしく、寝込んでいたようで、僕と連絡先を交換してなかったことにその時初めて気がついたようだった。
僕の携帯に女の子の連絡先が
ただひとつ登録された。
「ひかる」
まさに名前はその人の心を形作るもの
だと思った。
僕にとっての光。
それは灼けつくような陽射しより、
夏の大三角より、ライブステージの
スポットライトより、冬のイルミネーションより
この世界にあるどんな光よりも
綺麗で優しくて眩しい。
僕の千聖という名前の由来を
僕は知らなかった。


何より好きじゃなかったから考えたこともなかった。
「ねえ、ちひろ、ちひろってさ、先生みたいだよね。たしか私と同じく教員免許を取ろうとしてるクチでしょう?」
「また得意の読心術?まあ、その通りなんだけど。」
「きっと色んな人にたくさんの素敵なことを教えられるよ。ちひろの言葉にはきちんと独自の世界観があると思うんだ。こないだオリジナルのCDくれたでしょ?三曲入ってたね。あえて、CDプレイヤーで聞いたの。」
「どうして?パソコンじゃなくて?」
「パソコンだと何曲入っているのか、一曲何秒で終わるのかすぐに視覚化されるでしょ?私はちひろの曲をそんな風に聴きたくなかったの。」
「僕の曲ってすごく簡単に弾けるんだ。それこそ今、音楽を始めた人でもすぐに弾けるような。自然と溢れてくるメロディをお風呂に入ってる時とか流れてきて、忘れないように頭の中で繰り返して、急いで出てすぐにレコーディングしたり、コンビニで買い物しててふと流れてきて、すぐにノートとペンを探して、会計してないのに書き出してしまって店員さんに注意されたり。」
「そっか。作ろうとして作ってるわけじゃなくて、自然に溢れてくるんだね。すごい。
私は歌詞みたいなポエムみたいなものは描いたことあるけど、どうしても作曲はできなかった。いまでも諦めてるわけじゃないの。
でも私はすごく感動した。ちひろの心が
すぐそばにあるような気がして。」
「どれか気に入った曲はあった?」
すぐに返答が返ってきた。
「二人の距離は遠くてー声しか届けるものがなくてーって歌い出しの曲。何度も何度も聴いた。他の曲も良かったよもちろん。
私はお世辞なんて言わない。
でもその曲をずっとヘッドホンで聴いてた。
おかげで風邪もばっちり治りました!」
「僕は君の姿を探してた。もう会えないかと思った。大学なんてさ何年も浪人してはいったり、何年も留年したり、突如来なくなったりって当たり前に起きる場所だからさ。」
「そういえばあの曲の最後もそんな歌詞だったよね。僕はあなたを探してる、だったよね?」
「そうそう。」
「あの曲のモデル?みたいなのはいるの?」
「んーいると言えばいるし、居ないと言えばいない。そんなところかな。」
おどけて笑ってみせた。
彼女はきっと本心を察しているだろうと
すぐにわかった。
ひかるだよ。って言えたらいいのに。
それが本心なのに、言葉にできない。
伝えたい。伝えたい。
でもその時は言えなかった。
「ねえ、先生。」
それが僕に向けられた言葉だと
知るのにすこし時間がかかった。
「先生?僕のこと?まだなってないよ?もしかしたら、なれないかもしれないし。」

「ちひろの漢字はせんせいとも読めるでしょ?」
あ、確かに。
今まで付き合ってきた名前なのに
気づかなかった。
せんせいか。
「でも先生呼びは勘弁してくれよ。なんか距離がぐっと遠くなる気がするから。」
「もちろんただの冗談だよー。」
久々に会えた時間は
そういった話であっという間に過ぎた。

また会えたことが嬉しかった。
改めて、彼女の存在が僕の中で
夏の花火のように大きく拡がっていくのを
感じた。

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