あの日の白いワンピース#04
彼女と知り合ったキッカケは
大学の音楽サークルだった。
僕はギターを弾く時間に費やしたり
未来について深く考えもせずに
高校生活を過ごしてしまったため
大学に進学する道を選択した。
音楽サークルはいくつかあったが
上半期、下半期とバンドを組まなきゃ
いけない決まりがあるサークルだったり
ある程度の制約があったりした
そういうのは御免だった。
15歳でギターを始め、バンドを組んだりもした。方向性の違い、熱量の違い、
そういったことでメンバー脱退や解散。
僕にも僕の周りにもそういったことが
起きていた。
名の売れたバンドが記者会見などで
口にしていた解散の理由なんて
金銭関係で揉めたんだろうという風に
捉えていたが、僕らはお金をたくさん
得るほど知名度もない。
だがそういうことが起きる。
本当にあるんだな。と同時に
覚えた譜面、作った曲、スタジオ練習、
ライブ、その全てが無意味で無価値だった。
と思うともうバンドに対して心底
嫌気がさしていた。
だから好きな時に顔を出せて、音を出せて、ただ純粋に音楽が楽しめそうな自由度の高いサークルを選んだ。
そこに彼女はいた。
同期だった。やはり音楽が好きで
ここにいるんだろう。
語らなくとも当然のことなのだが。
肩にかからないくらいのショートヘア、
大きな瞳、透き通るような白い肌に、
透明感のある声。
その時は白いワンピースを着ていたと
思う。サークルの親睦会では
人見知りなのか終始俯いていた。
18歳だから当然いけないことなのだが
生ビールから始まる乾杯も
彼女は烏龍茶を注文していた。
居酒屋の喧騒に掻き消されて
彼女の自己紹介は聞き取れなかった。
僕は自分の苗字がありきたりで
好きじゃないので千聖【ちひろ】です。
とだけ名乗った。
下の名前も女の子みたいで
あまり好きではなかったが、
ありきたりな苗字よりはまだいいかと
思っている。
尊敬しているアーティストは
宇多田ヒカルやX JAPANなどです。
と、仮にも音楽サークルなので
それらしいことも話していたと思う。
彼女を一目見たときからなぜだか
気になっていた。
容姿が素敵だから?
僕の好きな白色の服を身に纏っているから?
控えめな雰囲気?
自由に音楽について語ったり
世間話をしていたりする
サークルのメンバーたち。
彼女と席が離れていたからか
余計に彼女が気になった。
ずっとギターと音楽だけで
生きてきた僕は異性と付き合うことは
あるものの、正直世間一般の彼氏が
しているようなことはしてこなかった。
会うときは必ず外で会い、
自分の家に招き入れることもなかった。
数時間をたまにともにするだけ。
音楽活動に支障がでるなら
すぐに別れを切り出していた。
きっと愛してなかった。いや
愛そうとすらしてなかったのかもしれない。
そんな僕が自分から興味を持った
初めての異性だった。
親睦会もこの辺でお開きにしようかーと
いう先輩の声を無視するように
二次会いくぞー!と大きな声で
叫ぶ先輩がいて、僕はもういいかとおもい、会費だけ卓上においてそっと店を後にした。
軽く酔いが回っていた。
酒はそのくらいがちょうどいい。
それが僕と酒との付き合い方だったし
彼女のことばかり考えていて
振られた話もよく覚えていない。
適当な相槌をしていたと思う。
彼女に次はいつ会えるのだろう。
話しかけることはできるだろうか。
話しかけたら返答はあるのだろうか。
そんなことを考えながら
帰りの電車に揺られていた。
缶ビールを手に持ったまま眠ってしまっているサラリーマンや
お互いの肩に寄り添いながら眠るカップル。
必死に勉強をしている学生や
ノートパソコンを開いて訝しげな顔をしている若者。
僕が大学へ向かう電車はいつも
どこかそういった生活感に溢れていた。
他の僕が乗ったことがない電車も
そうかもしれないけれど、
僕はそんな雰囲気も嫌いではなかった。
大学へは片道2時間ほどだ。
高校生の頃から乗っているアメリカンで
朝、駅へ向かう。
いつも空いてるスペースに適当に停めて
電車に乗る。
1時間ほどで大学の最寄駅に着く。
そこからバスでまた1時間ほどで
やっとキャンパスへ着く。
入学して1ヶ月ほどのことだった。
僕は土曜の2限の教授の展開する
授業に興味が全く持てなかった。
二度と、三度と、でてみたが
僕には合わなかった。
教育心理学だったと思う。
僕は、初めてその授業の日の
90分間の授業の間に
なんとなくわかった。
教育心理学を僕らに教えているこの人は
家庭を持っていない。
義務教育でない大学という場所は
教育機関の中でも
教授、講師、事務員、理事長、
だれにとってもビジネスの色が濃い。
自分の授業の教科書として
自筆の教科書を必須としている教授も
多くいる。この人もそうだった。
家庭を持っていない人の持論を
懸命に聞いたとして
実際に将来僕らが家庭を持った時
子供に触れ合う時
それは果たして役に立つのだろうか。
進んでいく授業とは裏腹に
僕はそんなことを考えていた。
授業中に聞くのはどうかと思ったので
終わった後に個人的に聞いた。
「先生はご家庭をもってらっしゃいますか?」嫌味に聞こえたかもしれない。
「いや、築いていないが、それがなにか?」
と彼は平然と答えた。
「いえ、なんとなくの興味本位で聞きました。失礼しました。」
僕の予想は当たっていた。
次の四度目からはもうその時間
どこでなにをしよう、と考えていた。
そして四度目の土曜の2限。
僕はサークルに顔を出した。
そこに彼女がいた。
彼女しかいなかった。
あれ?どうして?
と彼女も考えていたと思う。
僕はそれを口に出して伝えた。
ピアノの前に座っていた彼女は
こちらを向いて答えてくれた。
「この時間の授業でどうしても受け付けない授業があってね。三回目までは好きになろうと努力したの。でも時間の無駄だなって思っちゃって、それでいまここにいるの。」
「そっか。実は僕もそうなんだ。自分の体験したことのないことを全て知り尽くしているかのように話す先生の授業がこの時間なんだ。だから僕もここへきた。」
「もしかして、少し太った感じの定年間近ですみたいな教育心理学の先生だったりする?」と彼女が言った。
同じ授業を受けていたことにも、
同じ感想を抱いたことにも、
そしてなにより彼女があまりにも自然に話すことに驚いた。
僕は頷いた。
そこから何気ない話をした。
ふたりきりで。
入学当初のサークルの親睦会で
僕が待ち望んだ瞬間が
こんなに早く訪れるとは。
ありがとう。とカタチのない
なにかに心の中で言った。
その日も彼女はあの日と同じ
白いワンピースを身に纏っていた。