創作 結婚しようか
「二人は仲良しね」
突然現れた女の子は俺ととても気が合っていて二人でずっと遊んでいた。そんな俺たちを見て母は微笑んでいた。
「わたしね、ここにいられないの。」
「なんで?」
「なんでも。ダメなんだって。」
「俺、ずっと一緒にいたい。」
「なら、私が迎えに行くよ。待っててね。」
花のような笑顔で彼女は言った。
幼い頃から女性が苦手だった俺は彼女をつくることもなく今まで生きてきた。なんとなく女性と関わることをなんとなく避けてきたが大学へ入ってサークルを見学していた時、一人の女性に目を奪われた。もちろんサークルに興味を持ったのもあって同じサークルへ入った。彼女とは友達と言えるくらいまで親しくなれた。そこまできてようやく彼女を映画や水族館に誘ったりして告白することを決意した。
「あなたのことが好きです。…俺と、付き合ってくれませんか。」
やはり、遠回しに伝えるよりも自分の気持ちをまっすぐに言葉にした。彼女は目を見開いたが、すぐに花のような笑顔で頷いた。
ある日携帯を確認すると、母から電話があったらしく折り返しかけてみれば体調はどうか、友達とはうまくやれているかと聞かれ言うべきか迷ったが彼女ができたと言うとひどく驚かれた。それと同時にホッとしたように息をついたのが聞こえてその時は電話を切った。
付き合い始めて数週間のところで彼女から「大切な話がある」と言われ、ちょうど俺も大切な話をしようとしていたためいつも待ち合わせをしているカフェに向かった。
「私ね、親の顔を知らないの」
それは突然の告白だった。何と返してよいのかわからなかった。それでも、俺は彼女を失望させまいと言葉を考えた。
「黙っていてごめんなさい。騙すつもりはなかったの。」
「君は、とても素敵な人だ。俺はあんまり女性と関わってこなかったけど自信をもって言える。君を愛してる。」
自分でも何を言っているのかわからないほど、緊張していた。なにか下手なことを言って彼女を傷つけないかと思っていた。
「ありがとう。」
彼女はそう言って微笑んだ。それから彼女は少しずつ自分の事を話してくれた。
「正確に言うとね、私が幼い頃に父が別の人と出ていってしまって母はちょっと不安定な人でほとんど暮らしていないの。」
彼女はそこまで言うと深呼吸をした。
場所を変えて公園を散歩して、「今日はレストランを予約してある」と伝えてあったので自然とその方角へ爪先を向けて歩いた。
夕暮れになりレストランへ到着し食事もそこそこに済ませると俺は決意を固め、切り出した。
「俺と結婚してください。あなたと歩みたいです。」
不思議なことに流れるように言葉が紡ぐことができた。彼女は指輪を受けとるとあのときと同じように頷いた。
「母さん、プロポーズをした相手がいるんだ。今度連れていきたいんだけど良い?」
後日、結婚を考えている相手がいることを母へ伝えた。付き合っている人がいるのは以前から伝えてあったためか、母は然程驚きはしなかった。
「こんにちは」
彼女は母に会うと笑顔で挨拶をした。そして彼女の名前を告げると母はその途端、顔面蒼白になり目を見開いた。そしてみるみるうちに涙が浮かび溢れ落ちた。
俺と彼女は気が動転し、とにかく家に入り母が落ち着くのを待った。
「ごめんなさいね。せっかく家に来てくれたのに。少し二人で話しても良いかしら」
母が彼女にそう言ったため、俺は近くを散歩することにした。
どれくらい出ていればいいのか、聞いてくるのを忘れてしまったため懐かしんで少し歩くことにした。こんなにゆっくり散歩するのもいつ以来だろうか。コンビニでコーヒーを買い、公園でちまちまと飲んだ。
「懐かしいな。」
ふと呟くと幼い頃の記憶が戻ってくるようだった。
どれくらい時間が経っただろうか。周りを見ると彼女の姿が見えた。
「やっぱりここだ。」
彼女はそう言ってこちらへ向かってきた。彼女もここを知っていたのだろうか。
「私ね、ここ来たことあるんだ。ずっと小さい時だったしたまにだったけどね。」
俺は驚きを隠せなかったが、彼女はゆっくりと結び目をほどくように続けた。
「順を追って話すね。父が出ていってしまったあと、母は別の人と再婚したの。ただ、私とは合わない人でね。殴られたり蹴られたりしてた。で、家にいられなくなった時にここに来てた。そのときあなたとも会っていたの。」
俺は幼い頃の光景が甦ってきていた。あの日遊んでいた女の子は…
「それで、あなたと仲良くなって何回か遊んでいたの。時々あなたの家に行ったこともあった。その時にお母さんにも会ってた。さっき二人で話してた時にお母さんが写真見せてくれてたんだ。」
『わたしね、ここにいられないの。』 あの日の彼女の言葉が浮かんできた。彼女を引き摺って連れ帰る女の姿を思い出した。もう夕暮れだった。俺は彼女と家まで帰ると母が出迎えてくれた。
「お母さんがわたしをこの家に置いてくれようとしてくれてたんだけどダメだったの。それでもうここには来れなくなっちゃって…」
すると、母がゆるゆると首を横に振って口を開いた。
「あの時からあなたの事が頭から離れなかったわ。ずっともっとこうしていたら、できていたらって考えると…万が一の事があったと考えるともう…それで、この子があなたを連れて来てくれた時に驚いて、何よりこんなに大きくなって、生きていてくれてまた会うことができて本当に良かったわ。」
母はそう言うと再び涙を浮かべた。俺は幼い頃の思い出した。物陰から彼女が連れ去られるのを見ていたのだ。物静かな父と優しい母が「こんなのは躾ではない」と声を荒げていたのを見ていた。女の子が連れ去られるのは自分と遊んでいた為と思い、自分と関わることで女性が酷い目に遭うのではないかと考え、避けてきたのだ。
「ごめんね。あの時俺がもっと…そうすれば君は辛い目に遭わなくて済んだ」
「ううん。私こそあなたの心に傷をつけてしまってごめんなさい…」
涙を拭っている彼女を俺は堪らず抱き締めた。もう彼女が辛い目に遭わないように、これからは明るい日々を歩めるように。
「迎えに行く何て言ってたけど、迎えに来てくれたのね。」
彼女の瞳から涙が流れていた。
二人で散々泣いた後、母がごはんを作らなくてはと立ち上がりそれを手伝うと言って彼女もついていった。台所から楽しげな会話が聞こえてきた。きっと立ち入るのは野暮なので俺はそのまま居間へ向かった。
朝食を取りながら彼女は嬉しそうだった。
「なんかこういうの初めてで、照れちゃいそう。これからは一緒に食べるんだね」
ごはんを食べながら俺達は笑っていた。
今日の夕方に帰る予定だから少し散歩しようと言った。
「結婚は大学出てからだね」
彼女がこちらを見て言った。彼女曰くまずは就活が終わってからとのことだ。それも良いなと思う。結婚は後にしていてもきちんとできるし焦らないでも好きと言う気持ちも彼女を大切にしたいという気持ちも逃げない。
月曜日になりまた新しく週が始まった。すぐに季節は巡っていくんだろうなと思う。彼女の就職活動が始まり、その一年後には俺も就活を始めなければならなくなる。
「子供を持つの、怖いんだ。」
ふと彼女が言った。自分も暴力をふるってしまうのが恐ろしいと言った。彼女の心の傷は深い。きっといつか塞がる。
楽観的だと言われるかもしれないが、真剣に考えても始まらないものはある。人生はそれなりに楽観的になることも大切だ。
彼女は今幸せだろうかとふと考えた。それを見透かすように「幸せだよ。」と彼女は言った。
きっとこれから辛い時も苦しい時もあると思うけれど楽しいことばかりでは感覚が麻痺してしまう。俺は彼女のためならばどこまでもいける気がする。
二人ならどこまでも歩いていける気がする。
いつまでも一緒にお互いを思いあって生きていきたい。彼女に巡り会えて本当に良かったと思う。
これからいろんなところへ行って、色とりどりの思い出で埋めつくそう。これまでの全てがあって自分があるのだと思えばそんなに悪くないと思えてくる。
明日からも彼女がいる月日が流れるように過ぎていくのだ。
大切に生きていこう
数年後、俺は彼女の待つ家に帰る。俺の愛する家族が待つ家に。
「おかえりなさい」
「ただいま」
先に帰っていた彼女が出迎えてくれる。とても幸せな日々だ。
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