3分でわかる衛星同士の衝突回避
SpaceXの衛星とESA(欧州宇宙機関)の衛星が衝突しそうになったため、ESA側で衛星の回避行動をとったという記事です。
ESAの衛星はaeolusという気象衛星で、昨年8月に打ち上げられました。
一方、SpaceXの衛星はStarlinkという通信衛星で、今年の5月に打ち上げられた衛星群の一部です。Starlinkは1基で運用しているわけではなく、複数、具体的には計画ベースで12000基の衛星による運用が見込まれています。現在打ち上げられているのは60基です。
何が問題か
今回のケースで問題となるのは、
①SpaceX・ESAに回避行動をとる義務があったか
②仮に衝突した場合にどうなるか
という点が大きな論点でしょう。
SpaceX・ESAに回避義務があったか
軌道上で物体と衝突することの回避行動については、スペースデブリに関するルールに規定がありますが、本件に用いることができるのでしょうか?
まず、国連スペースデブリ低減ガイドラインには、以下のように規定されています。
Guideline 3: Limit the probability of accidental collision in orbit
In developing the design and mission profile of spacecraft and launch vehicle
stages, the probability of accidental collision with known objects during the system’s launch phase and orbital lifetime should be estimated and limited. If available orbital data indicate a potential collision, adjustment of the launch time or an on-orbit avoidance manoeuvre should be considered.
Some accidental collisions have already been identified. Numerous studies indicate that, as the number and mass of space debris increase, the primary source of new space debris is likely to be from collisions. Collision avoidance procedures
ガイドライン3:偶発的軌道上衝突確率の制限
宇宙機やロケット軌道投入段の設計やミッションプロファイルの開発の過程で、システムの打上げフェーズ及び軌道寿命の間に既知の物体と偶発的衝突を起こす確率が見積もられ、制限されること。取得可能な軌道データが衝突の恐れを示しているなら、打上げ時刻の調整や軌道上回避マヌーバが考慮されること。
幾つかの偶発的衝突が既に明らかになっている。多くの研究が示していることであるが、スペースデブリの数量・質量が増加しているので、新たなスペースデブリの主要因は衝突であるかもしれない。衝突回避手順が既に幾つかの国や国際機関で採用されている。
※訳:JAXA
https://space-law.keio.ac.jp/pdf/datebase/international_space_law/principle/20070306.pdf
また、IADCスペースデブリ低減ガイドラインにも、以下の規定があります。
5.4 Prevention of On-Orbit Collisions
In developing the design and mission profile of a spacecraft or orbital stage, a program or project should estimate and limit the probability of accidental collision with known objects during the spacecraft or orbital stage’s orbital lifetime. If reliable orbital data is available, avoidance manoeuvres for spacecraft and co-ordination of launch windows may be considered if the collision risk is not considered negligible. Spacecraft design should limit the consequences of collision with small debris which could cause a loss of control, thus preventing post-mission disposal.
5.4 軌道上衝突の防止
プログラムやプロジェクトは、宇宙システムの設計やミッションプロファイルの設定においては、システムの軌道寿命中に既知の物体との衝突事故の確率を評価し、制限すること。もし、信頼しうる軌道データが入手できるなら、衝突リスクが無視できない場合は、衛星の回避マヌーバやロンチウインドウの調整が配慮される。
衛星の設計は、小さなデブリが衝突して制御不能に陥り入り、結果としてミッション終了後の廃棄が不可能になる確率をすくなくするものであること。
※訳:JAXA
https://space-law.keio.ac.jp/pdf/datebase/international_space_law/principle/20021015.pdf
いずれのガイドラインにも「回避マヌーバ」という言葉が登場します。回避マヌーバは、デブリの回避マヌーバ(Debris Avoidance Maneuver:DAM)という文脈で出てくることがありますが、文字どおり回避措置のことを言います。エンジンの噴射によって高度を調整し、衝突を回避するわけです。
上記のガイドラインはいずれも拘束力のない「ソフトロー」ですし、運用中の衛星との衝突について明記しているわけでもありません。
スペースデブリに対する回避についてはまだしも、運用中の宇宙物体同士が衝突しそうになった際の明確なルールはないのが現状です。
仮に衝突していた場合にどうなるかー回避義務の根拠は?
運用中の人工衛星同士が衝突した場合、宇宙条約ないし宇宙損害責任条約に基づき、双方の国はそれぞれ相手国に対し損害賠償請求権を持つことになると考えられます。
打上げに伴う事故については無過失責任となりますが、軌道上の損害については過失責任となるので、請求する側が相手方の故意過失を主張立証しなければなりません。
そこで問題となるのが相手方がどうすべきだったかという点です。というのも、過失の内容は「こうすべきだったのにしなかった」ということだからです。
しかし、前述のように、衛星同士が衝突しそうになったときにいずれの衛星がどの程度の回避行動をとるべきかについての明確な(過失を基礎付けるほどの)ルールがないのが現状です。
そうすると、過失の立証には相当のハードルを伴うことになると考えられます。
STMをめぐる議論へ
衛星やロケットが増えてくれば交通整理が必要です。
現在、COPUOSをはじめとする関係機関では、宇宙交通管理(Space Traffic Management:STM)についての議論がなされており、2016年のCOPUOSでは、’General exchange of view on the legal aspects of space traffic management’というテーマで取り上げられています。
2009年にアメリカの衛星「イリジウム33」とロシアの衛星「Cosmos2251」が衝突し破損、大量のデブリを発生させる事故が実際に起きていますし、今後、コンステレーションや低コストロケットが大量に打ち上げられるであろうことを考えると、国際的なルール作りの必要性は、私たちが思っている以上に高まっているのかもしれません。
参考:
・宇宙ビジネスのための宇宙法入門第2版 小塚荘一郎・佐藤雅彦