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「キッズ訴訟」全記録Ⅱ①名取市組織機構改革 H22~25

これまでに「なとりスーパーキッズ育成事業」が事業化された経緯と内容の違法性、そして住民監査請求から住民訴訟へと進む過程について、説明してきました。
ここまでを第1章とし、住民訴訟における主張の応酬へと移る前に、これまでに行われた各種手続きを検証する第2章を書きたいと思います。
大きくは、名取市における組織機構の見直し、デジタル田園都市国家構想交付金の申請、そしてプロポーザルの審査についてです。

まずは組織機構の見直しについて見ることにします。
キッズ事業が違法であるとする理由は、事業がスポーツに関することであるにもかかわらず市長部局が扱っており、特例を適用するための条例が制定されていないことです。
市役所の元職員から、前市長の佐々木一十郎市長の在任中に、この条例を制定するための組織機構見直しの検討が行われたことがあるという情報を得ました。
早速情報開示請求を行ったところ、関連するものとして、400頁を超える行政文書が残されていることが分かりました。
もしその時に条例が制定されていれば、少なくとも違法性を指摘されることはなく、住民訴訟に至ることもあり得ませんでした。
組織機構見直しの検討の推移と、なぜ条例は制定されなかったのかについて、集めた資料をもとに検証したいと思います。

自治体における組織機構の見直しは珍しいものではなく、頻繁に行われています。
山田司郎市長が就任してから、記憶しているだけでも、復興ありがとうホストタウン推進室設置、企画部設置・復興部廃止、都市開発課設置、病院立地環境整備推進室設置など、組織機構の見直しが進められてきています。
なお、山田市政における組織機構見直しの中で、条例改正を伴うものは、令和2年3月19日の条例第1号と、令和5年3月17日の条例第6号だけです。

平成22年の組織機構の見直しは、どのように始まったのでしょうか。

名取市の組織については、平成14年度に大規模な機構改革を行って以降、平成18年に一部見直しを行っているものの、大規模な見直しは行われていませんでした。
そこで平成22年、第5次名取市長期総合計画(策定作業中)を具現化するため、組織の見直しを行うことになったのでした。
平成22年度第2回名取市行政改革推進本部会議において、変更の基本方針が示され、組織改編する時期は11月を目途とすること、検討体制として2つの専門部会を置くことが決まりました。

なお、基本方針の内容について開示された文書は、文字が小さい上に印刷の質が悪く、読み取るのが非常に困難であることから、写しは入手しませんでした。
基本方針中、ここに関係する内容としては、市長部局に教育委員会の事務の一部を補助執行させること、企画経済部を新たに置き、その内部にシティセールス課を置き、観光・文化財係を置くこと、市民生活部を新たに置き、その内部に文化・スポーツ課を置くことです。

専門部会は「総務・行政委員会班」と「健康福祉・産業経済・建設班」の2班が置かれました。
10月20日と21日に専門部会が開かれました。
その際に配付された組織機構見直し資料(懸案・提案事項整理)の25番目に、文化・スポーツ部門に関する記述があります。


事務局での考え方

市長部局に教育委員会の事務を補助執行させることは、原則として教育委員会に権限を留保することでありますので、政策的な決定は教育委員会の会議において合議により行われることには、何ら影響を及ぼさないものと考えます。そのことから、社会教育の全体計画を策定する部署については、補助執行させている部署で作成した上で、教育総務課が教育委員会に諮ることとしても、特段の師匠(ママ)はないものと考えます
その意味でも、政治的中立性については、補助執行により直ちに失われるものではないと考えます。
今回の見直し案の狙いは、市長と教育委員会がそれぞれ別個の事務分掌として実施するよりも、同じ組織として実施することのほうが相乗効果を得られるのではないかということにあります。

文化・スポーツ課については、指定管理者への移行後までを踏まえた案ではなく、スポーツ振興課は一部業務委託段階での以降案、文化振興課は現在の文化振興財団のままでの指定管理を前提としていますので、今後、これらに具体的な動きが出た場合には、その内容に応じて変更すべきと考えます。

提案の内容については、部会での検討をお願いします。

懸案・提案の内容

平成17年10月26日の中央教育審議会答申「新しい時代の義務教育を創造する」のなかで「教育委員会は、学校教育のほか、社会教育、文化、スポーツ、生涯学習といった幅広い事務を所掌している。今後、地域づくりの総合的な推進をはじめ、他の行政分野との連携の必要性、さらには政治的中立性の確保の必要性等を勘案しつつ、首長と教育委員会との権限分担をできるだけ弾力化していくことが適当である。このため、教育委員会の所掌事務のうち、文化(文化財保護を除く)、スポーツ、生涯学習支援に関する事務(学校教育・社会教育に関するものを除く)は、地方自治体の判断により、首長が担当することを選択できるようにすることが適当である。また、高等教育機関である高等専門学校については、首長が所管できるようにすることが適当である。」との答申が出された。

これを受け「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」において
第二十四条の二 前二条の規定にかかわらず、地方公共団体は、前条各号に掲げるもののほか、条例の定めるところにより、当該地方公共団体の長が、次の各号に掲げる教育に関する事務のいずれか又はすべてを管理し、及び執行することとすることができる。
一 スポーツに関すること(学校における体育に関することを除く。)。
二 文化に関すること(文化財の保護に関することを除く。)。
2  地方公共団体の議会は、前項の条例の制定又は改廃の議決をする前に、当該地方公共団体の教育委員会の意見を聴かなければならない。
との改正がなされた。

これらのことは、多様化する行政ニーズのなかで、地域の状況に応じ、首長と教育委員会の分担を自治体の判断により柔軟に対応することができるようにすべきであるとのことから出されたものであるとともに、教育の事業の政治的中立を鑑み、その限度について法的に示したものであると考えられる。

今回の見直し案を見ると、その限度を超えて、社会教育に関する分野と文化財保護に関する分野が補助執行という手法を用い、市長部局へ移管がなされている。
このようなことは、近年他の自治体でも散見されてはいるが、このような形態の中で政治的中立が担保されているのか疑問が残る。

また、補助執行の範囲について、事業の実施のみの補助執行なのか、あるいは名取市の社会教育の全体計画まで補助執行の範囲とするのかは明確ではなく、前者であるとするならば、それを策定する部署が教育委員会には存在せず、また後者とするならば、教育行政の両輪である学校教育と社会教育のうち、その一方のことについて、教育委員会としてすべて補助執行させることになると、前述の政治的中立性が確保されないのではないかと考える。

また、文化・スポーツ課であるが、管轄する市民体育館・文化会館の事業も含めての指定管理者がなされた場合、課としての事務量の減少が予想される。そうなった場合、課として存続できるかどうかが問題となることとなる。

以上のことから、下記のとおり提案する。

教育委員会は、教育総務課と社会教育課とし、社会教育課は社会教育係、公民館係、文化財係とし、「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」で提案する範囲のない(ママ)とする。公民館係は社会教育係と合わせることも考えられるが、18年の一般質問で市長が公民館係を新設すると答弁しており、それが公民館職員の一部嘱託化の条件となっていることと、今後全ての職員が嘱託化された場合、中央公民館の設置も考えなければならないことから、独立した係としたい。

市民協働推進課については、推進係のなかに生涯学習に関する事項を所掌させることとし、その他の係としてスポーツ振興係、文化振興係とする。

シティセールス課については、文化財に関することを教育委員会が所掌することとし、観光については残った2係のうちどちらかが所掌することとする。


次に行われた専門部会で、部会としての考え方が示されました。

25番については、事務局での考え方と、懸案・提案の内容を踏まえ、部会として次の考え方が示されました。
事務局での考え方は、前回から変更はありません。


部会としての考え方

■A班、B班
最終的には「どちらにするか」の問題でもあるので、課題を併記した上で、事務局案を上部委員会へあげることとする。
(課題)
・政治的中立性の確保の観点からの懸念は残る
・同様に補助執行させることとした他自治体では、議会等で相当議論となっているほか、文部科学省も反発した
・新聞等でも大きく取り上げられていた


専門部会からの報告を受けて、11月30日、平成22年度第3回名取市行政組織事務検討委員会が開催されました。
事務局から組織機構見直しの前提となる考え方と、部会案の内容が説明されました。

25番に係る部会の考え方は次のとおりです。


部会の考え方

市長部局に補助執行させることとし、業務を統合する。ただし、以下の点について留意すること。
・公民館係を残すか、または中央公民館の設置を検討すること
・生涯学習と公民館に関することはそれぞれ分けて所管させること
・拠点館をつくり、事務長+補助員2名とし、それ以外を兼務事務長とする

なお、教育委員会で所管するという案も出されたが、地域での事業等に市長が参加しやすい環境の整備が大事であり、その点ではどちらで所管しても変わらないという議論がなされた。

※今回の見直し案の狙いは、市長と教育委員会がそれぞれ別個の事務分掌として実施するよりも、同じ組織として実施することのほうが相乗効果を得られるのではないかということにある


年が明けて平成23年1月20日、平成22年度第4回名取市行政改革推進本部会議が開催されました。
文化・スポーツ課を市長部局の市民生活部に置くという案が、最終案として示されました。

この案に対し、当時の市長である佐々木一十郎氏が、興味深い言葉を残しています。

「教育委員会は、市長と同じ権限を持つ中で運営しているが、そもそも戦争に対する反省という意味があって独立しているもの。このため、地方では教育委員会は独立している。だが、国はそうではない。そもそも、市民から選ばれた市長が何も物申せないのはおかしい。しかしながら、常識のない市長もいるので歯止めが効く仕組みとして学校教育だけはそのようになっている。子供を守ると言うのも一理あることではある」

「戦争に対する反省」から、教育委員会の独立性が確保され、教育の政治的中立につながったことをおっしゃりたいように思われます。
「常識のない市長」が学校教育に不当に干渉することへの歯止めとして、教育委員会の制度があるということを指摘しています。
学校教育に関しては、地教行法第23条の条例を制定しても、市長部局に権限を移すことは出来ません。
そして文化・スポーツに関することについても、条例を制定しなければ、市長部局に権限を移すことは出来ないのですから、条例を制定しないでそれらの事務を行おうとする市長は、常識がないと言われても仕方がないと思います。

組織機構の見直しが、まさに実現しようとしたその時、東日本大震災が発生しました。
名取市では沿岸部を中心に、1,000人近くの尊い命が失われたのでした。
閖上という港町は壊滅し、震災からの復旧・復興こそが喫緊かつ最大の課題となったため、これまで検討されてきた形での組織機構改革は、大きく方向転換することを余儀なくされたのでした。
最大の変更が、11月に行われた震災復興部の新設です。

震災から約1年が経過した平成24年4月16日、平成24年度第1回名取市行政改革推進本部会議が開催されました。

冒頭のあいさつで佐々木市長は、次のように述べています。

「今日の会議では、平成22年度に検討を行っていた、第5次長期総合計画推進のための組織機構見直しについて、東日本大震災により作業が中断していたところであるが、検討を再開することとしたいのでその方針について協議してもらう」

また、協議の中で本部長(市長)から「文化振興とスポーツ振興については4月から市長部局に移管することでよいか」と質問があり、教育長は「文化振興とスポーツ振興については、これからはそういう流れになると理解している」と発言しましたが、教育部長は「前回決定していたのは震災前であり、震災後なので確認させていただきたい」と述べるにとどめました。

あくる平成25年、8月27日に平成25年度第1回名取市行政改革推進本部会議が開かれました。

組織機構の見直しについての協議の中で、事務局から「市長部局への事務移管については、文化財以外の部分を市長部局へ事務移管するという議論もありましたが、積極的に移管する理由もまとまっておりませんでした」との説明がありました。
また本部長である市長から「推進本部でも、これまで文化とスポーツについては教育委員会で行ってきた事務を市長部局に事務移管してはどうかという議論があり、市長部局への移管を検討してきましたが、来年4月1日の体制については、これまでの議論を棚上げし、文化振興課とスポーツ振興課の統合が提案されましたが、事務局から考え方の整理を説明お願いします」との発言があり、事務局から「部の改廃といった大きな組織機構の見直しについては、復興に目途がつき、震災復興部を解体した時点でと考えております。(略)これまでの議論のあった市長部局への事務移管についてもその時点で再度検討させていただければと思います」と説明されました。

これにより、地教行法第23条に基づく職務権限の特例を措置する条例の制定は、見送られることとなったのでした。

その後、平成28年の市長選挙で、新人の山田司郎氏が現職の佐々木一十郎氏を破って初当選し、市長に就任しました。
そして復興部は、山田市政の1期目の終盤、令和2年度末をもって廃止となり、新たに企画部が設置されました。
企画部の下には、なとりの魅力創生課が置かれており、令和5年度からキッズ事業を担当することになります。
令和2年度の組織機構見直しの際に、条例を制定し、スポーツ部門を教育委員会から市長部局へ移すことも可能でした。
その上でキッズ事業を企画・検討していれば、あとになって住民訴訟を起こされることにはならなかったはずです。
また、スポーツ担当部署が蓄積してきた知見を活かすほか、同様の事業を実施している他自治体と連携することによって、事業内容はより完成度の高いものになっていたとも思われます。

過去に検討された経緯が全く顧みられなかったことは、組織としても非常に残念だと思います。

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