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量子未来社会ビジョンの策定を振り返る⑦(完結!)〜今後の取組〜

はじめに

前々回前回の記事で、量子未来社会ビジョンの「3.基本的考え方」「4.未来社会ビジョン(未来社会像)」を見てきました。

最終回となる今回は、「5.今後の取組」を見ていこうと思います。

量子未来社会ビジョンの目次

前々回の記事で量子未来社会ビジョンは、1.〜4.までが第1部、5.以降が第2部と言っていました。

第2部を構成する「5.今後の取組」は、ここで全てを取り上げるにはあまりに量が膨大なので、特にポイントとなる(と個人的に考えている)部分に絞ってお伝えしていきます。

個人的にポイントだと思うのは👇の3つです。

  1. 国産量子コンピュータ整備及び研究開発の抜本的強化

  2. 量子ソフトウェア研究開発の強化

  3. グローバル産業支援拠点整備(産総研)

基本的にコンピュータです。(暗号通信も大事だとは思うものの、個人的にはネットワーク化してから本格的に実用化かなと思っています。)

国産量子コンピュータ整備及び研究開発の抜本的強化

国産量子コンピュータ整備

IBMをはじめとする海外企業が実機をクラウド公開する中、日本も理化学研究所を中心に国産量子コンピュータの開発に取り組んできました

今回の量子未来社会ビジョンでは「国産量子コンピュータの整備」が明記されています。閣議決定レベルの政府文書に初めて国産機の整備が明記されました。

…我が国の科学技術の将来を見据えるならば、国産量子コンピュータ実機を開発することの意義は極めて大きく、着実に進めていかなければならない。…

…国産量子コンピュータの研究開発を強力に進めるとともに、幅広く応用できるテストベッド整備に向けた取組を着実に進める。具体的には、令和4年度に初号機を整備し、その後も…テストベッドの高度化や必要な研究開発を着実に進めていく
量子未来社会ビジョン P.14〜15より

国産量子コンピュータ初号機の開発は、文部科学省の「光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP:キューリープ)」で行われています

Q-LEAPでは、量子未来社会ビジョン策定以前より、R4年度の開発目標として、50量子ビット級マシンの開発及びクラウドサービスの開始が定められていました。

この目標はビジョン策定前から決まっていましたが、今回、文科省の1事業における開発目標ではなく、政府全体の政策を遂行する上での重要施策として位置づけられたことになります。

また、ビジョンでは、初号機整備後も「テストベッドの高度化や必要な研究開発を着実に進めていく」とされており、政府全体として国産量子コンピュータの開発を後押しすることが期待されます。

今年度は「ついに国産実機が動き出すところまで来た」そんな歴史的瞬間が訪れます。(すでにハイプという声もありますが、)これをきっかけに日本国内もさらに盛り上がってくれるといいですね。

ところで、海外企業が先行する中、国内で、しかも公的機関がクラウドサービスを立ち上げる意義はあるのでしょうか?ここは賛否があるかもしれません。

私は「意義はある」と思っています。その理由は👇です。(国産機の運用方針が未定のため想像の部分もありますが)

  • 提供主体が公的機関であるがゆえ(少なくとも研究・教育目的では)誰でも幅広く利用可能となり、ユーザーの拡大、参入促進につながる

  • 一企業で閉じていないため、運用・改善にあたって複数関係者での連携が促進される

  • 自国で安定的にフルスタックの技術を有することによる安全保障、経済安全保障上の優位性確保につながる

さて、ここまでは国産量子コンピュータのテストベッドについてでしたが、テストベッドといえば国内にもIBMの実機が設置されQII(東大-企業連合)で運用されていましたね。(IBMとの関係は第2回で触れました。)

日本にあるIBM量子コンピュータは27量子ビットです。一方、最新型は127量子ビットが登場しています。アップグレードも含めて今後どうなっていくのか要注目です。

IBM実機を日本導入を主導した五神理事長率いる理化学研究所は、令和5年度概算要求に、量子古典ハイブリッドコンピューティング導入を掲げる「TRIP」構想を打ち出しています。国産機との関係がどうなるのか、こちらも動向は要注目ですね。(参考記事: https://newswitch.jp/p/33429)

研究開発の抜本的強化(ムーンショット型研究開発制度)

もうひとつ、日本の量子コンピュータ開発の本丸とも言えるプロジェクトが「ムーンショット型研究開発制度(目標6)」です。

ムーンショットは誤り耐性型汎用量子コンピュータの実現を目指しており、ビジョン策定中の令和3年度補正予算で大幅に増額(金額は非公表だが数100億のオーダー)され、まさに抜本的に強化されました。

量子未来社会ビジョン本文には👇と書かれています。

…将来の誤り耐性のある国産量子コンピュータの実現に向けた研究開発の取組を戦略的かつ抜本的に強化・加速していく。
量子未来社会ビジョン P.15より

令和3年度補正予算による増額で、ムーンショットでの量子コンピュータ開発予算は海外と比肩するほどになりました。
増額分で新しいプロジェクトマネージャーを追加して、今現在主流とされる方式(超伝導、イオン、光、シリコン、原子)を全て押さえ、理論の研究グループ、分散型量子コンピュータのためのネットワーク技術開発も含めた巨大プロジェクトとなっています。

ムーンショットの強化により、先に出てきたQ-LEAPと合わせて、量子コンピュータハードウェアの研究開発に関しては、国からは十分な支援がアカデミアに供給されることになりました。

今後の課題は産業界の本気の投資がついてくるか
大手ベンダー👇は事業化まで持っていけるか。

  • 富士通(理研と連携して超伝導方式の量子コンピュータ開発)

  • NEC(産総研と連携してアニーリングマシン開発、ムーンショット採択(超伝導))

  • 日立(ムーンショット採択(シリコン))

光方式は2030年に実用化を宣言している理研・古澤先生の動向に注目。原子系は国内初のハード系ベンチャーのNanoQTに注目、イオントラップは国内に企業の姿が見えないのが課題です。

これだけの投資を活かすも殺すもコミュニティ次第です。まずは2030年にどんな景色になっているか、不安と楽しみが半分くらいですが、期待したいです。

量子ソフトウェア研究開発の強化

ハード開発と同時にソフト開発も非常に重要です。量子コンピュータは今後15年〜30年以内に最大8500億ドルの市場規模が見込まれ、うちエンドユーザー側(利用者側)に生じる利益が8割と予想されています。

(ソフトはハードに比べて予算がかからないとはいえ、)これまで国の支援はハード偏重となっていました。そこで、ビジョンではソフト開発も強化していく方針となっています。

現状として、量子コンピュータのようなハードウェアの研究開発に関する国家プロジェクトに対して、量子ソフトウェアに関する国家プロジェクトは質・量ともに少ないことから、今後、量子ソフトウェアに関する国家プロジェクトの充実・強化を図る。
量子未来社会ビジョン P.18より

今見えている具体的な施策は2つあります。

新たな量子ソフトウェア研究拠点の整備(共創の場形成支援プログラム)

1つは文部科学省/JSTの行っている「共創の場形成支援プログラム」です。このプログラムは産学官の共創による研究開発を促進する拠点形成を目指す、最大10年間のプロジェクトです。

量子関係では、大阪大学が令和2年度から量子ソフトウェア研究拠点として採択され、30を超える企業との連携体制が構築されています。

令和4年度は、ビジョンを踏まえ、新たな量子ソフトウェア研究拠点を形成します。10月現在、審査終了しているのでまもなく新拠点が公開される予定です。(公開されたら、noteでも取り上げてみたいと思います。)

大阪大学拠点は阪大発ベンチャーを2つ誕生させ、企業・大学生向けの量子ソフトウェア勉強会も開催するなど、とても精力的に活動しています。また、阪大にも理研の量子コンピュータのコピーを設置してテストベッドとして運用する方針です。
新拠点が、阪大拠点とともに、日本の量子ソフト開発を牽引する存在になり、産業化を強力に推し進めてくれることを期待します。

産学官連携によるアプリケーション等の開発強化(第3期戦略的イノベーション創造プログラム(SIP))

もう1つの施策は内閣府の「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」です。産学官による共同研究により、5年後の"社会実装"(又はその基盤となる成果創出)を目指す研究開発プロジェクトです。令和5年度から新たな取組(第3期)が開始予定です。

現在は、NTTの寒川氏を座長とする会議体を設置し、令和5年度からの実施内容を検討しているところです。昨年度は本検討に資するためのRFI(研究テーマ案の募集)も実施しました。

その結果も踏まえ、量子ソフトウェアのアプリケーションやベンチマークの開発等が1つの柱として位置付けられています

SIPにおける量子分野の研究開発課題の検討状況

長丁場となることが見込まれる量子コン開発が今後息切れしないためには、持続的に投資を喚起するための実用的なキラーアプリケーション創出や、性能評価・開発のサイクルを加速する分かりやすいベンチマーク開発(問題解決に要する時間、必要なビット数等)が不可欠です。

これらの開発には、多様な企業が自ら解決したい課題を持ち寄りながらオープンな環境で開発を進める必要があります。産学官連携による社会実装を目指すSIPにぴったりなテーマかと思います。

SIPを通じて何か1つでも(願わくば実用的な)将来のヒット商品、キラーアプリケーションが出てくることを期待します。

グローバル産業支援拠点(仮称)整備(産総研)

最後は産業技術総合研究所(産総研)における拠点整備です。産総研は経産省が所管する法人で、量子戦略では量子デバイス拠点として指定されていましたが、その機能を拡大・強化し、「グローバル産業支援拠点(仮称)」を形成することとされています。

…産業技術総合研究所は、有志国を含む国内外の企業等と連携して、民間企業 に対して、量子チップや周辺機器等の試作・製造・評価、量子・古典のハイブリッドコンピューティング 資源の利用機会の提供によるサービスビジネスを含む新たなユーザ市場の開拓、事業化等を支援 する環境の整備や、標準化支援を行うなど、グローバルな視点で将来の事業化を見据えて産業界 を総合的に支援する「グローバル産業支援拠点(仮称)」を形成する。…
量子未来社会ビジョン P.15より

ビジョンには明確に書かれていますが、具体的取組は未だ明らかにされていません。
唯一の手がかりは上記のビジョン本文と新しい資本主義実現会議(第4回)における経産大臣提出資料くらいでしょうか。

新しい資本主義実現会議(第4回)における経産大臣提出資料より
新しい資本主義実現会議(第4回)における経産大臣提出資料より

この資料によれば、ユーザー・ベンダーの両方が産業化・社会実装に必要なリソースにアクセスできる拠点を整備することになっています。産総研でこの構想が“本当に実現”すれば素晴らしいことですね

これまで産業化支援というよりも、研究開発に重きが置かれてきた印象の産総研が、どこまで産業支援に舵を切るのか。また、仮に産総研が産業化支援拠点になったとして、産業界の参入をどこまで誘起できるか。

少なくとも今後1年以内に何らかのアクション(グローバル産業支援拠点として発足)はあるでしょうから、産総研の動きには要注目です。

おわりに

以上、「5.今後の取組」のポイントとなりそうな取組について、主観を大いに含ませながら触れてみました。

すでに、令和4年度の補正予算編成作業もスタートしており、数週間以内(10月末〜11月上旬)には何らかの形で見えてくるものもあるかもしれません。

ちなみに、補正予算編成に向けて政府がまとめる総合経済対策案向けて、新しい資本主義実現会議(第10回)では👇のような重点事項が出されています。(これがどう具体化されるのかは今後の発表をお待ちください。)

新しい資本主義実現会議(第10回)資料2より

今回で「量子未来社会ビジョンの策定を振り返る」シリーズは一旦終了です。
各回で3,000〜5,000文字程度の記事なので、トータルで25,000文字程度(原稿用紙約60枚分)になってしまいました。(書いていくうちに、どんどん文字数が増えていきました。。)

振り返ってみて、半年間でよくここまで来れたなぁ、と当事者として改めて感じました。また、主要プレーヤーやコミュニティ間のしがらみなど、表には現れない部分も含めて量子分野のことがよく理解できました(^_^;)

そして、今後部署が変わっても量子コンピュータ、量子技術を応援し続けようと思いました。誤り耐性量子コンピュータができる日が待ち遠しいです。

量子技術による輝かしい未来社会の実現に向けて
一関係者として少しでも貢献できるように残りの任期も全力で頑張ります💪

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