量子未来社会ビジョンの策定を振り返る③ 〜戦略見直しワーキング設置〜
はじめに
前回は、IBMの量子コンピュータの日本上陸とその背景を振り返りました。
今回は、量子未来社会ビジョン策定に向けた議論の舞台となるワーキンググループの設置までを振り返ります。
IBMと東大の連携が頭に入っているとスムーズかと思います。
秋頃からバタバタと始まった雰囲気を感じていただければ幸いです。
量子会議(10/7)で量子戦略の見直しが正式発表
令和3年10月、前回(4月)の量子技術イノベーション会議(量子会議)から約半年後、政府から量子技術イノベーション戦略(量子戦略)の見直しが正式発表されました。(4月の量子会議についてはこちらを参照)
①コロナ禍でのDX化の進展、②カーボンニュートラルによって、将来のあるべき社会を実現するために量子技術を社会実装し変革を牽引する「QX(Quantum Transformation)」の重要性が高まったということ、世界的な投資拡大を踏まえた③量子産業の国際競争において、我が国も競争力を維持・向上させる必要があること。
これらが背景となり、未来社会におけるQXの位置づけを定義し、どのように量子技術を社会実装していくかを明確にするため、量子戦略の見直しが急務、とされています。
前々回記事のとおり、4月の量子会議以降、政府は8月頭まで動いてなかったように見えました。
そこから2ヶ月で量子会議開催ですから、政府内でもまさに「急務」になったのでしょうね。
これらは、前回(令和3年4月)の量子会議での五神座長ペーパーをしっかりと汲み取った内容と言えます。(ペーパーの内容はこちらを参照)
また、政府だけでなく、五神座長、JSR名誉会長の小柴構成員、令和3年9月に発足した「量子技術による新産業創出協議会(Q-STAR)」の島田実行委員長(東芝執行役上席常務(当時))からもプレゼンがなされています。
座長プレゼンの中で特に大事なのは資料2のP. 13あたりから。前回の記事で書いたIBMとの連携がプレゼンに盛り込まれています。
そして、P.20とP.21に量子戦略改定の背景とやるべきこと(改定後の戦略に盛り込むべきこと)が記載されています。
つまり、短期的には(自身が主導してIBMの実機を使う環境を構築した)QIIの活用、長期的には裾野広い基礎研究と人材育成が必要、という主張ですね。
QIIについては、まさに座長ご自身が量子戦略策定後に取り組んだ成果であり、政府の戦略にしっかり位置付けることを強調されている印象です。
また、「半導体量子ゲート、量子インターネットなど勝負がついていないテーマ」とありますが、IBMの量子コンピュータは超伝導方式を採用しているため、日本はその他の勝ち筋となる方式、研究テーマにも投資せよ、ということかと思います。
確かに、政府は令和4年度内に国産量子コンピュータ初号機を整備する計画とは言え、①現時点(令和4年8月末)でも国内でまともに動く量子コンピュータがないこと、②国内研究所・企業がIBMに匹敵するサービスを提供できない/しないかもしれない可能性を考えると、(実機を日本に置くかはさておき)量子コンピュータの利用環境整備は産業界の参画を促す上で必要なことに思われます。
実際、量子未来社会ビジョンの基本的考え方②でも、最先端の量子技術の利用環境整備が掲げられています。
ワーキンググループ設置へ
こうしたプレゼンを経て、会議の最後に量子戦略見直しに向けた議論の舞台となるワーキンググループ設置が量子会議に諮られ了承されました。
なお、メンバーは座長一任。10月下旬以降、開催スケジュールは2週間に1回、年内又は年明けに中間まとめ、年度内目途に最終取りまとめという超タイトなスケジュールで動くこととなっています。
決定されたメンバーは第1回のワーキンググループの会合で公開されました。
親会議にあたる量子会議の構成員でもある慶應義塾の伊藤塾長を主査に据え、産業界とアカデミアの各分野からバランスよくといった構成です。
大学・研究機関メンバー
伊藤 公平 慶應 量子コン(半導体)
中村 泰信 理研 量子コン(超伝導)
武田俊太郎 東大 量子コン(光)
藤井 啓祐 阪大 量子ソフトウェア
佐々木雅英 NICT 量子通信暗号
水林 亘 産総研 量子デバイス・産業支援
産業界メンバー
東 浩司 NTT ベンダー(通信)
甲斐 隆嗣 日立 ベンダー(計算機)
佐藤信太郎 富士通 ベンダー(計算機)
西原 基夫 NEC ベンダー(計算機、通信)
村井 信哉 東芝 ベンダー(通信)
小松 利彰 東京海上日動 ユーザー(保険)
小柴 満信 JSR ユーザー(材料)
島田啓一郎 ソニー ユーザー(ゲーム開発)
松岡 智代 QunaSys ユーザー(材料)、ベンチャー
島田 太郎 Q-STAR
大学・研究機関から6名、産業界から10名。こうしてみると若手からシニアまで多様なメンバーがいますね。
この人数・メンバーの会議を2週間に一度の頻度で開催しつつ、年度内目途に報告をまとめるのはかなりタイトなスケジュールだったと思います。
ところで、このワーキンググループ、名前は「量子技術イノベーション戦略の戦略見直し検討ワーキンググループ」です。
『「戦略の戦略見直し」って日本語的におかしいでしょ』と当時意見した記憶がありますが、既に決裁が降りていたようで、これで決定になってしまいました。
他方、量子技術イノベーション戦略をよくよく見てみると、
このように戦略の中に5つの戦略が定められています。これを見直すという話であれば、確かに「戦略の戦略見直し」は日本語的に正しいものとなります。
今冷静に振り返ってみると、結構ちゃんと考えられた名前だったのかもしれません。
以上、余談でした。
おわりに
今回は令和3年10月の量子会議を中心にワーキンググループ設置まで振り返りました。
海外を見ると、量子に関しては政府の研究開発投資よりも企業の投資が目立っているように感じます。
もちろんその裏には政府の投資もあるかもしれませんが、海外の主要プレイヤーは大学発ベンチャーやIBM、GAFAなどの企業であって、企業である以上、何らかの製品は出してくるはず。
今やIBMだけでなく多くのベンチャー企業(IonQ、Honeywell、Rigetti、D-wave、Xanadu等)もハードウェアをリリースし、それらはAmazonのクラウドサービスで提供されています。
まだまだハードウェアの性能は十分ではないとはいえ、量子は使ってみるフェーズに突入したのは間違いないと思います。
このような背景もあり、産業化を見据えた出口志向の量子戦略見直しが提起されたのは、ある意味自然な流れだったかもしれません。
次回はワーキングの議論の流れからビジョン策定までを振り返ります。
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