量子未来社会ビジョンの策定を振り返る⑥ 〜未来社会ビジョン〜
はじめに
前回の記事からは量子未来社会ビジョンの中身に入り、ビジョンにおける3つの基本的考え方について考えてみました。
今回は、「4.未来社会ビジョン(未来社会像)」を考えてみます。
ビジョンにおいては、「(1)量子技術により目指すべき未来社会ビジョン」を示し、その実現に向けて想定される「(2)量子技術活用イメージ」と「(3)2030年に目指す状況」を示しています。
それぞれ考察していくことにします。
(1)量子技術により目指すべき未来社会ビジョン(未来社会像)
量子未来社会ビジョンで示されている未来社会像とはどのような内容でしょうか。
実は、ビジョン策定前の国家戦略である「量子技術イノベーション戦略」(令和2年1月策定)においても「目指すべき3つの社会像」は設定されていました。
具体的には、
となっていました。
一方、量子未来社会ビジョンにおいては、
となっています。
経済成長は、生産性革命(という既存産業活動の高効率化による成長)に加え新産業の創出という概念も含むもの、心豊かな暮らしは、健康・長寿社会や安全・安心を含むもの、と捉えれば、量子戦略から大きく変わったのは、”環境”が入って来たことです。
振り返りの第1回でも触れたように、令和2年10月、第203回の臨時国会で菅総理が2050年カーボンニュートラルを目指すことを所信表明演説で宣言し、国内でカーボンニュートラルに向けた動きが一気に加速しました。
こうした動きも踏まえ、今後は、量子技術というエマージングテクノロジーによる新産業創出を通じた経済成長だけでなく、同時に環境にも考慮しその保全に貢献しつつ、持続可能で心豊かな暮らしを送る、このような経済、環境、社会が調和して発展していく社会こそを目指すべき未来社会と示しています。
量子技術→AI、バイオ、デジタルなど、技術の名前を変えれば何にでも使えるもので、そういう意味では共通の普遍的価値観と言ってもいいかもしれません。
実際に、ムーンショット型研究開発制度やデジタル田園都市国家構想でも同じような概念(経済、社会、環境の3つの観点)は登場しています。
(2)未来社会における量子技術によって創出される価値(量子技術活用イメージ)
(1)は抽象的な話でしたが、では、具体的に量子技術がどのように貢献するのか、どのような価値を社会に届けることができるのか、を書き下したパートが(2)となっています。
特に、量子コンピュータは今後15年〜30年以内に最大8500億ドルの市場規模が見込まれ、創薬・医療、材料、製造、物流、機械学習など幅広い分野に適用が期待される技術です。
活用イメージも8割から9割が量子コンピュータの応用例になっています。
前々回の記事でも触れましたが、この活用イメージは、それっぽい絵を描いたことが重要で、非専門のお偉いさんには結構ウケが良く、これだけでビジョンの評価はかなり上がっているのではないかと思います。(人って単純ですね)
ちなみに、量子未来社会ビジョンの概要資料集P.14〜P.19に具体的事例について掘り下げたイメージ図もありますが、どちらも政府内でお金がなく内製化したもので、全てフリー素材から成り立っています。
フリー素材たちに感謝です。
この絵に定量的な数字(〇〇量子ビットだと〇〇倍早くなる!みたいな)が入っているとより良かったのですが…
私が知らないだけかもしれませんが、量子コンピュータはその辺が絶妙に隠されていて、専門家からよく出てくるのは暗号解読と窒素固定の例です。
一般の方には分かりづらいですよね。
より身近な問題で簡単に分かる定量的評価があると良いのですが…日本の企業が投資に及び腰になるのもなんとなくわかる気がします。
逆に言えば、量子コンピュータでの加速が数学的に保証されているアルゴリズムは現在も数えるほどしか見つかっていません。
量子ソフトウェアスタートアップのQunaSysさんがまとめたスライドが一番わかりやすいので、気になる人は👇もチェックしてみてください。
量子コンピュータでどのような問題を早く解けるのか、有用なアルゴリズムはまだまだたくさんあるのか、それも含めて研究の段階です、というのが最も正確な量子コンピュータへの理解だと思います。(が、そういう説明は政治家、一般人ウケしないのが辛いところ…)
今後、量子コンピュータのキラーアプリケーションが見つかることに大いに期待しています。
(3)未来社会ビジョンに向けた2030年に目指すべき状況
(1)で未来社会像が示されましたが、これだけだと抽象的すぎて結局何目指せばいいの?となってしまいます。
そこで(3)では、具体的な数字を用いた2030年の社会像(状況)が示されています。
この3つの目標は「量子技術による新産業創出協議会(Q-STAR)」なる産業団体からの提案が元ネタとなっています。
量子戦略見直しワーキング第5回、第10回のQ-STARプレゼン資料に、利用者1,000万人とユニコーンベンチャーの提案があります。
1,000万人とは人口の約5-10%の数字であり、この規模の人が使うようになると普及が爆発的に加速するというデータに基づいて設定された目標です。
AI人材の目標値のように、数字の積み上げで1,000万人が出てきたのではなく、未来の姿からバックキャスティングして導かれた目標で、個人的にはビジョンの名にふさわしい素敵な目標になっていると思っています。(どうやって測定するのか問題はありますが…)
生産額の目標は、1,000万人をベースに作ったものとなっています。(詳しい定義はビジョン本文を参照)
ちなみに、生産額の目標値は👇のように変遷してきましたが、海外コンサルなどが出している量子技術の市場規模の数字は付加価値額をベースにしたものなので比較の際は留意が必要です。
時期と数字を明確に示した目標で、海外企業の量子コンピュータロードマップにも比肩するくらいの野心的な目標ですが、2030年にどうなっているか楽しみです。
最後に、こちらの記事(Q-STAR一般社団法人化シンポジウム)では、内閣府の方が「『量子未来社会ビジョン』は、Q-STARの提言をまるごと採用した。名前だけ政府の冠をつけたイメージである。」と言っていますが、さすがに言い過ぎです。(3つの目標に限定して発言してほしいですね。)
おわりに
量子技術は本当に変化の激しい分野で、毎日のように新しいニュースが飛び込んできます。
量子コンピュータの勝筋となる量子ビットの方式も決まっておらず、実用的な問題で高速な解が得られるかどうかの科学的根拠や将来の見通しも立っていません。
2030年には全く別の世界感になっていることもあり得ると思います。今の量子ブームが一旦冷めていることもあり得るでしょう。
実際、小中規模な誤り耐性のない量子コンピュータ(NISQ)で当初有望視されていた手法は怪しくなってきているとの話もあります。
今回示された未来社会像や目標は、またきっと状況の変化とともに修正されていくと思いますが、最後には、量子技術によって経済・環境・社会が調和した素敵な未来が訪れることを願っています。
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