できないことはしなくていい。
MUSICAです。
のっけから否定ですみません。
できないことを出来るようになるというのは
素晴らしいことです。ただし大人になってからは
それはほとんどの場合、無駄になります。
できないことは、できないままでいいのか?
と思うかもしれません。
結論から言うと、その通りです。
できないことはできる人に任せて
できることからやればいいのです。
わかりますね?
要は、できないことをできないからといって
やらないでいいと言ってはいません。
できないことはできる人にお願いする。
できることをやらないのもダメです。
できることはやってください。
これが大人の社会のルールです。
何も、できないことをできるまでやれと
言われてません。いや、厳密に言えば
そういう言い方をしてくる人も1部居ます。
でもそれは実は指示の方が間違っています。
できないことをやれという言葉には
その人にとって出来ないやり方を押し付け、
(支持した人ができるやり方で)やれと
言っています。それは完全に間違っています。
人は人それぞれやり方があります。
それを無視して自分ができるからと言って
その人にとってのやり方を無視または全否定して
私の言う通りにやれというのは、
学校の先生が生徒にやらせる宿題と同じです。
それは子どもでは意味があります。
それにしたって、延々と繰り返して覚えるくらいしか意味はなかったりするので、あまり重要ではありませんが。それよりも、課題があってそれをどう捉えるか?それを自分ならどうしたいか?やってみるには今何が出来るか?やってみて何が問題で、どういう発見があったのか?という気づきこそが、最も大切な学びだからです。
大人になると、そういった演習はもはや家でやってください、という感じです。つまり、常に今現在の自分で勝負するしかないのです。演習もなければ、テストもありません。そこにあるのは、常に実践です。実践において重要なのは先生からの指示ではなく、いかに自分がやりやすいやり方で、最大の結果を得るか?という部分のみが重要視されます。わかりますよね?プロセスも大事だけれど、結果が1番というあれです。
わたしはこの事から学校が好きではありませんでした。昔から。わたしは小学3年の娘がいます。いま、夏休みなので宿題があります。漢字のプリント、計算のプリント……あります。今年は短いので、感想文がありません。ポスター制作も自由です。何が言いたいか?学校の指定してくる宿題をやったところで、何も身につくことはないということです。やらなくていいと言えます。
しかし、そこに楯突いたところで面倒なのでやらせますが。それはほとんどただ書くだけのプリント。そんなものは一日で終わらせます。そして、ポスター制作に力を入れます。それは、無から有を作る作業だからです。そこには準備があり段取りがあり、考察があります。それはまさに社会に出て役立つスキルを要します。実践的なのです。
わたしはポスター制作や、読書感想文の指導を娘にします。かなりスパルタになることもありますが。あ、叩いたり暴力はありませんよ?やり終えるまでガミガミ言いますけれど……。とにかくここでは、何が良くて何がやりたいのか。そのために必要なもの、時間はどのくらいか?という部分を重点的に伝えます。そして、時には実践してやり方のひとつを見せます。そうする事で、わたしはこうしている、と教えられます。そのことから、このやり方よりもこうした方が良いとかこれはよい方法だとかそういう判断基準を子どもの心に与えることが出来ます。
結論。何が言いたいのか?今年、わたしは娘の赤い羽根共同募金のポスターを指導しました。
結果、とても良い学びになりました。もちろん、出来上がったポスターのクオリティもまずまずのものです。そうやって1つずつ物事を組み立てる事のやり方を学んで欲しいなと思っています。
さーて。真面目な話はここまで。
この後、フレとニーアコラボアライアンス、
人形タチノにいってきまーす。
MUSICAでした...♪*゚
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