no.23 / 日向荘の非常事態⁉︎【日向荘シリーズ】(フルボイスアニメ連動型短編小説)
※目安:約3400文字
……何の通知か、正直わからなかった。
ここでの生活に慣れて
俺なりにみんなとも馴染めて
1人じゃないのもいいなと思えて
しばらくこんな生活が続くんだと思っていた
けど……
「やはり、各部屋のポストにも入っていたか」
何かの間違いかと思ってその日の夜に103号室へ持ち込んだ通知書。同じものが全員の手にもそれぞれ握られていた事実を、メガネくんの言葉で確認せざるを得なかった。
みんなが困惑の声をあげている原因は……
『賃貸借契約解約の通知書』
地域一帯の防災対策として、古く狭い道幅の街並みを区画整理するのだそうだ。日向荘も対象区域内で、来年の春には順次取り壊しを開始するという通知だった。
つまり、要約すると「建物を取り壊すから出ていって下さい」ということだ。
「あと半年って……!」
いつも元気なキツネくんもダメージを受けたような声で。
「えーっ、本当に困るー」
こんな調子だけど、たくちゃんが困っているのは本当で、たぶんたくちゃんの中では深刻な問題なのだろう。
費用面の色々は配慮があるものの、とはいえここを出て次住むところを探すなんて、今の俺には気が重くてなかなか考えられない。
何となく頭の隅でぐるぐると渦巻くモヤモヤが視界を少し暗くしている間に、みんなはガヤガヤと困惑しながら不満の声をあげているようだけど、俺は声を出せずにいた。
バイトにもやっと慣れてきた。
アパートの住人たちとこんなに安心して関わりあえるケースも、きっと珍しいんだろう。
次、うまくやっていけるだろうか。
それよりも、ここに来る時だって……
「102氏?」
「顔色良くないッスよ。大丈夫ッスか?」
ござるくんとキツネくんの声で我に返る。けど、さっきまで内側で渦を巻いていたモヤモヤがまだ消えない。視界の隅からチカチカとしたものが邪魔をし始めた。
この感覚は身に覚えがある。
もたれる場所のない丸椅子に座っていたらちょっと危ないやつだ。
たぶん、倒れる。
「あ、椅子…危ないかも、床に、座り直……」
丸椅子ごとひっくり返ったら大変だと、少しでも安定した場所へ移動しようと思い椅子から少し腰を浮かしたところで、そのまま俺は意識を失った。
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「ひっ! 何いっちゃん! どうしたの!? 生きてる??」
「多分失神だろう。広い所…気が引けるが拓人の万年床へ移そう。少々102が気の毒だが、布団借りるぞ」
「え?いいけど……本当に大丈夫? 生きてる?」
「顔色がとても悪いである……」
「……ショックだったんスかね、取り壊し」
「人にはそれぞれ事情がある。ひとまず102を安全な場所へ移して様子を見よう」
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みんなの声が遠くなっていって同時に浮かび上がってきた記憶に、俺は何度目かの後悔をしていた。
『お母さん、宿題だから質問に答えてほしいんだけど』
あれは10歳の俺だ。
そう確かに、宿題だった……
けど、あんな話
切り出さなければよかった。
昔のことも今のことも走馬灯のように頭の中を映像が駆け巡る。今は目に見えていないはずの風景が次々と頭の中にあらわれるのに、同時に日向荘のみんなの声も聞こえてくる。
……思い浮かぶものも聞こえるものも、全て幻なんだろうか。
「大丈夫っすかね、102さん」
「顔面蒼白だったであるから心配である……少しは顔色も戻ってきたであるな」
「手も冷たかったからな。それにしても拓人の万年床が初めて役に立った」
「そこ強調するなよなぁ」
やっぱりこれは、今のみんなの声だ。
……俺は倒れて、寝かされてるのか?
「病弱なんスかね。普段から結構疲れやすそうにしてましたし」
「いつも静かで……控え目である事が負担になっていないのならいいのであるが」
「確かに。いっちゃんが何か自己主張してくる事ってなかったもんな」
俺は多くを語らずただここに存在していただけなのに、みんなよく見てくれていて、見えない涙がこぼれそうになる。
そうだ……自己主張なんていうもの以前に、皮肉にも俺の真実の声はあの時姿を隠してしまった。
『真実の真。母さんも気に入ってるよ』
だって、俺は恵まれているんだから。俺の真実の言葉は、ただのわがままになってしまう。
そしてここでも。たまたま居合わせたただの住人同士なのに、過去に深入りせず今を一緒に楽しく過ごしてくれたみんなには感謝しかない。なのになぜかうまく言葉にして外に出すことができない。
日向荘だから、俺はうまく過ごせただけで、きっとまだ……
またふわふわと不思議な浮遊感に包まれて、何となく視界が明るくなってくる。さっきまでの走馬灯みたいな映像とは違う……天井が、眩しい。
「気づいたであるか。急に起き上がらない方がいいであるよ」
無意識なのか、何となく悪い気がして
目が覚めたのとほぼ同時に起きあがろうとしたら、静かにござるくんの声が制してくれた。
「はぁよかったー!」
「お〜〜オハヨー!」
ほっとした声のキツネくんと、いつも通りのたくちゃんが次々に声をかけてくれる。みんな、布団を取り囲むように畳の上で座っていた。俺はどのくらいの間こうしていたのか。カーテンの向こう側から届く気配に、光はすっかり感じられなかった。
「あぁ、ちょうど夕飯が出来上がった所だ。102には念のためお粥を作っておいたが、ハンバーグとどちらが良い?」
1人だけ離れてキッチンスペースで夕飯の支度をしていたのはメガネくんだ。俺のためにお粥を作ってくれていたなんて、ありがたいと同時に驚きと、何なら申し訳ない気分までする。
「あぁ、せっかくだから、お粥で…」
そりゃあこの流れなら返事は決まってくるだろ?でも、やはり今はハンバーグを食べられそうにないから、メガネくんの冷静な対応力に助けられたような気持ちになる。
「じゃあ、いっちゃんのハンバーグもらってもいい?」
「ん? いいよ。…なんかみんな、心配かけちゃってごめん。もう大丈夫だから」
正直、食べてくれる人がいると助かる。
「遠慮や無理は不要である」
「配膳が済むまで横になっているといい」
「ありがとう」
やっぱり俺は、こんなところでも恵まれている。入居の時、ここで変わらなきゃって決意したのに……
「いっただっきま〜ッス!」
「いただきまーっす〜!」
「いただくである」
「いいただきます」
いつものように夕食の時間が始まった。みんなはいつものようにいつもの場所へ座って、いつものようにいただきますをして、いつものように食事をする。
きっと俺は、入居の時から何も変わってない。ここで一見普通に暮らせたのは、みんなのおかげだ。“いつものよう”な安心できる日常と居場所を作ってくれて、いつも変わらず接してくれて。だからここを出たら元の俺に戻ってしまって、きっと今みたいに過ごせなくなる。
「うーん!やっぱりメガネのメシは美味いなぁ!」
「半年後には自分で調達しろよ」
でも、何気ない会話の中から“いつものように”が崩れていく。
「あ……」
みんな、それに気づき始めている。
「……そうであるな」
あまり考えたくないけど、この通知が来て、崩壊へのカウントダウンが始まってしまった。
「やっぱり? そうなるの?」
……非常事態だ。
「すまない、今考えることでもないか。とりあえず食え」
いくら誤魔化そうとしても、形があればいつか壊れる。
永遠なんて
所詮人の期待が生み出す
幻想なんだから……
[第23話『日向荘の非常事態!?』完]
動いて喋る住人たちを覗き見できるのはこのチャンネルだけ!!
フルボイスアニメ
【連続アニメ小説「日向荘の人々」日常編】
第9話「日向荘の非常事態!?」
《声の出演》
上田中真/焔屋稀丹さん
鳥海拓人/韮山蒼太さん
大井崇/Neguさん
金森友太/成林ジンさん
河上翔/控田まりおさん
真(少年期)真の母/EA011さん
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▶︎小説版では描ききれていなかった、住人たちの出会い編とそのシナリオアイズ版(脚本)もよろしくお願います!
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最後まで読んでいただきありがとう
ではではまたまた
梅本龍