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【小説】KIZUNAWA㉕ 上田北高校の大会前夜
京都雅グラウンドホテルのレセプションルームでは大会前夜のミーティングが行われていた。
「いよいよ明日が決戦の日です」
集まった駅伝部と学校のサポートメンバーに加えて、仲長、藤咲を中心に五人の上田市陸連のメンバーが揃い、一同を前に宮島が語り出した。
「……」
一同はその一言一句に集中していた。
「色々な試練を乗り越えて良くここまで頑張ってきましたね。しかし、まだ君たちは夢の途中にいます。前代未聞と言われた君たちの挑戦は、明日が本番です。でもそれは、君たち自身が決めた事です。やると決めたら最後まで走りぬいて下さい。結果はきっと後から付いてきます。どんな結果になろうと、悔いを残す事なく思う存分戦って下さい。ただ、一つ言っておきたい事があります。ここまで来る事が出来たのは、自分たちだけの努力や力だけではないという事です。自分たちの練習を中断して、京都までサポートに来てくれた陸上部、サッカー部の人たちがいます。仕事を休んで支援して下さる上田市陸連の方々、君たちの努力を見守ってくれた保護者の皆さんや地域の人たちがいます。その事を決して忘れずに明日のレースに挑みなさい。感謝の気持ちを忘れる事なく大地を踏みしめなさい。良いですね」
「……」
宮島は一人一人の顔を見つめながらゆっくりと言った。
「今からユニフォームを渡します」
その言葉を機に茉梨子は、大会ゼッケンの付いたユニフォームを準備した。
「一区、一〇キロ諏訪豊」
「はい!」
「一番長い距離、頼みますよ」
宮島は豊に一言を添えてユニフォームを手渡す。
「二区、三キロ中村哲夫」
「はい!」
「君はせっかちだから、無理をしないで下さい」
「三区、八.一九五キロ逆井健次郎」
「はい!」
「落ち着いて自分のペースを忘れずに前だけを見て走りなさい。君なら出来るはずです」
健次郎は宮島の一言一句に頷いていた。
「四区、八.一キロ鳥海栄」
「はい!」
「今の調子だったら区間新を狙えますが、駅伝は……」
「分かってます」
レースの前日に先生が言おうとしている事が分かっていなかったら区間新記録など取れないと栄はそう思っていた。宮島も笑顔でユニフォームを渡した。
「五区、三キロ斎藤優生」
「はい!」
「君は心配性だから落ち着いて、今までやって来た事を信じて西之園君との連携、君がしっかりとイニシアチブをとって下さい。頼みますよ」
「はい、任せて下さい!」
京都への前乗り練習が言わせた逞しい言葉である。
「六区、五キロ西之園達也」
「はい!」
「短い時間で良くここまで頑張りました。辛かったでしょう。明日、君の全てを踏みしめて走りなさい。君が言う小学生の時に止まった時間は、とっくに動き出しているのですよ。自分を信じて、楠君を信じて、仲間を信じて悔いを残さず。君はもう一人ではありません」
「はい!」
達也は太陽の手を握っていた。
「アンカー五キロ、柞山雅人」
「はい!」
「新キャプテン、ご苦労様です。最後まで仲間を信じてチームを支えて下さい」
「分かっています。必ず航平先輩まで襷を繋げます」
宮島は優しく頷いて続けた。
「そして、六区の伴走! 楠太陽」
宮島がそう言うと、渡野辺は何時も太陽が公式戦で着ている一〇の背番号が付いたユニフォームを茉梨子に渡した。茉梨子は、それに『伴走者』と記された大会ゼッケンの四隅を安全ピンで留めて宮島に手渡す。
「西之園君を頼みます」
宮島はそれだけ言って太陽にユニフォームを差し出した。
「僕も達ちゃんを信じます」
太陽は達也の手を握り締めたまま右手でユニフォームを受け取っていた。
「最後にもう一つだけ!」宮島は、人差し指を立てる癖がある。
「君たちは七人で戦う訳ではありません。スポットライトを浴びる事もなく一生懸命に毎日ペダルを漕いでくれた人がもう一人いますね。君たちの一歩は、彼女の一歩でもあります。そして、この日を夢見ながら志半ばで旅立った鎌田君もきっと君達と共に走っている事でしょう。その事を決して忘れないで下さい」
宮島は茉梨子を見つめながら続けた。
「皆さん! 走り出す前に彼女が付けてくれたゼッケンのピンを外して裏側を見て下さい。きっと君たちの力になると私は思います」
「先生!」
茉梨子が何か言おうとするのを宮島は制止した。
「広江! お前の一歩、俺がまず踏み出すから」
豊が言った。雅人が続く。
「その一歩、俺がゴールラインを越える。約束する」
茉梨子の目には涙が溢れて来た。しかし、彼女はそれを零さなかった。『ゴールするまで涙は零さない』これが太陽と約束した茉梨子の信念だったからだ。茉梨子は右袖で涙を拭うと両頬に笑窪を作った。上田北高大会前夜の事だった。
つづく