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【小説】KIZUNAWA㊳             その瞬間・それぞれの思い

 上田北高の多目的ホールは静かだった。解説者に対する罵声も選手への声援すらなくなっていた。校長は祈る様に掌を重ね、目を閉じていた。テレビ画面は交差点手前でトップが入れ替わった映像を映し出し、瀬田と高梨のやり取りが放送されていた。やがて交差点で達也と太陽の動きが止まり、明らかに異常と分かる映像が流れた。次々と後続ランナーに追い越される二人を校長は見ていられなかったのである。
「校長! 見てやらんといけませんよ!」
引田が校長の肩を掴んで言った。
「怖くて見てられんのです」
校長はテレビ画面の右下にワイプで映し出されている小さな映像も見ていられなかった。
「おそらく疲労骨折でしょう」
引田は昔の自分を思い出していた。
「子どもたちの夢はここまでなのでしょうかね?」
校長は本人たちよりも悔しそうだった。
「彼らはまだ若い。やり直しのチャンスは沢山ありますよ。でも疲労骨折だったとしたら、止めさせた方が彼の将来のためになるのかも知れませんね」
引田は校長を慰める意味を込め諭した。
「分かりました」
校長が宮島に電話をしようとスマホを取り出した時だった。
 
「藤田さん!」
高梨の声がトップランナーが映し出されている画面にかぶって流れて来た。
「はい! 高梨さん」
藤田アナは先ほどから瀬田にコメントを求めなくなっていた。テレビ局に苦情の電話やメールが殺到していると、プロデューサーからの情報が入っていたからだ。
「高梨さん、どうぞ!」
「諦めていません! 上田北高はまだ諦めません」
高梨のコメントに合わせて画面は達也と太陽の姿に切り替わった。這いつくばって必死に一歩ずつ前に進む彼らの姿が大きな画面に映し出された。審判に何かを言われてもひたすら首を振る達也の姿を見た校長は静かにスマホをしまった。
「藁馬だ! 彼らは藁馬になりおった。やがて天に昇るぞ」
引田が呟いた。
 
「あっ。私だ! 店にある『フリージア』を全て駅前にデコレーションしてくれ! いや! それじゃ足りんから、近隣の花屋に連絡してあるだけのフリージアを集めて飾ってくれ」
「そう、今すぐにだ、クリスマス用じゃないよ。頼むから出来るだけ集めてくれ」
代わりにスマホを取り出したのは七海だった。店にいるフラワーデザイナーの妻に『フリージア』で駅から商店会をコーディネートする様に頼んだのであった。
「それから、田中人形店に電話して大至急横断幕を作ってもらい、駅前に掲げてくれ。文章? 後で考えてメールするから頼む」
「商店会に出来る事なんてこんな事しかないよな」
電話を切った七海は独り言を呟いていた。
 
 スタジアムで明日香は、俯いたまま黙っていた。中田は明日香の肩を抱き寄せる。
「お兄ちゃんは頑張っているよ」
そう呟く中田に明日香は批判的だ。
「でも、怪我をして走れなくなったって、アナウンサーが言ったよ」
「後ろから来たランナーと接触して転んだようだね」
「結局私たちみたいな障がい者は健常者の足手まといに成って迷惑を掛けると証明したんだよね」
「そうかな?」
父親は明日香の頬に手を当てた。
「明日香はお兄ちゃんが負けたと思っているの?」
母親は、明日香の手を握る。そこに高梨の声がスタジアムにも響きわたった。
「諦めていません! 上田北高はまだ諦めません」
達也と太陽が這いつくばって前に進む姿がオーロラビジョンに映し出されたのだ。
「明日香! お兄ちゃんたちが四つん這いで前に進んでいる」
「四つん這い?」
「足が痛くても、格好が悪くても、お兄ちゃんは自分で決めた目標を貫こうとしているんだね。お爺ちゃんは、お兄ちゃんを勇気のある素晴らしい人だと思うな」
「勇気?」
「そう勇気! 諦めてレースをやめるのは簡単だけれど、お兄ちゃんは仲間と約束をした場所へ襷を届ける事を選んだんだ。困難な道を選び、決して諦めないで立ち向かう事を勇気と言うんだよ」
「明日香は、(どうせ)とか、(駄目だ)とかと言って、諦める道を選ぶのかな?」
父親は少し強い言葉だった。
「格好悪いのに勇気……」
明日香は呟いた。
「どんな姿でも勇気は強く、そして美しいものなんだよ」
中田は達也たちの笑顔を思い浮かべながら(美しい)と言う形容詞を付け加えた。
                               つづく

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