【小説】KIZUNAWA㉔ 大会前日
四人がホテルに到着するとロビーに仲間の姿があった。
「早かったのね」
茉梨子が駆け寄って行った。
「いよいよだと思うと緊張して来たよ」
雅人が茉梨子を迎え入れながら呟いた。
「達ちゃん! これ気持ちいいから触ってみ」
太陽が豊の頭を撫で回して達也の手を豊の頭に持って行った。
「本当だ! ジョリジョリしてくすぐったい」
達也も笑った。豊はされるがままに立っていた。
「私は、玩具ではないのだよ」
真面目に独り言の様に呟いた。
「そうだよ! 空気抵抗を考えて、少しでもタイムを縮めようとして坊主刈りにしたんでしょ?」
達也と太陽に注意をしながら、茉梨子も豊の頭を撫でていた。
「だから、玩具ではないのだよ」
豊は再度不動の姿勢のままで静かに言った。中田は彼らの姿をワゴン車から見ていた。視覚障がいというハンデを持ちながらも、仲間と笑い合う達也の姿を、未来の明日香に重ねながら、胸の内ポケットにしまった先輩からの手紙にそっと手を当てた。
「皆さん揃いましたね」
チェックインを済ませた宮島がルームキーをそれぞれに渡しながら部員を見渡していた。
「太陽! 下手人をこれに」
茉梨子が叫んだ。
「ハハー」
太陽は、柱の陰に隠れていた優生の首根っこを捕まえて、前に押し出した。
「皆さん! 雅の間で昼食を頂いたら各自荷物の整理をし、午後はホテルのバスで各中継地点に移動し、今日は軽いジョギングで各コースを確認します。それと、斎藤君は昼食後に先生の部屋に来なさい」
「はい!」
元気で張りのある部員たちの返事の中で優生だけが歯切れのない返事であった。
「茉梨子! 私たちも前乗りして来ちゃったよ」
智子が後輩の望智と並んで立っていた。
「智子! 助かるよ。望智ちゃんもありがとう」
茉梨子は心から感謝していた。
「自転車を貸してもらえるのかな?」
「大丈夫だと思う。中田さんに頼んでおくわ」
「中田さんって?」
「私たちのお世話をして下さっているホテルの方、とても優しくて凄いホテルマン」
「イケメンかしら?」
「うん凄いイケメンだと思うわ。昔はね」
茉梨子が笑いながら片目をつむった。
昼食の後、優生は一時間たっぷりと宮島からの説教を頂いた。茉梨子は中田に二台の自転車借用を申し入れ、追加借用した二台の自転車は中田のワゴン車に積み込まれた。ホテルのバスが玄関に付けられて、駅伝部員と太陽はバスでそれぞれの中継地点に移動した。茉梨子たちマネージャーは、中田がワゴン車で送って中継地点に降り立った。優生は駅伝部員一人一人に謝罪をした。宮島の指導だ。
「優生、もう良いから切り替えてレースに集中しよう」
雅人の一言が優生の気持ちを救ったのは言うまでもない。
上田北高等学校駅伝部は、京都の街を走った。宮島の指示通りジョギング程度のスピードでコースの確認をしたのだ。途中、仲長と藤咲がそれぞれ分かれた位置に立ち、的確な指示を出してくれた。
翌日は午前中に陸上部が、午後にサッカー部が京都入りし、一区、三区、四区のコースを、各二〇〇メートル置きに目印を付けて行った。駅伝部は本番のレースを想定し練習を行った結果、いくつかのコースで区間新記録のタイムを叩き出していた。
「茉梨子! この調子なら全国制覇も夢じゃないわよ」
智子がストップウォッチを手に嬉しそうだった。
「サンタクロースが奇跡を運んでくれるのかしら」
茉梨子も嬉しそうに微笑み望智の肩を引き寄せた。
大会前日の事であった。
つづく
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